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始発駅

「イチコの選択」では大変お世話になりました。無事連載を終えた今、このブログで何ができるのかを考えています。のんびりお付き合い頂ければ幸いです。

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醜態(5)

 不二子さんの手形はイチコが考えていたような甘いものではなかった。イチコを仰天させたのは、まず支払期日だった。平成四年代の日付がもっとも現在に近いものであり、ひどいものになると昭和の日付が入っていたのである。
 金銭消費貸借契約による請求権の消滅時効は契約日から起算して十年である。従ってとっくに時効が成立していることになる。松木はこのことを知っていて「債務不存在確認」を請求したと思われる。松木の立場から言えば松木には債務消滅の取得時効が成立していることになる。
 支払い期日が抜けている手形もあった。しかし、そういうのに限ってこんどは振出日があったりする。面白い事に鉛筆書きのものもあった。確かに重要事項がどこか抜けているのだから、白地であるにはあるが共通して抜けているのは受取人だけだった。しかし時効が成立しているのだからどこがどうなっていようと意味のないことである。
 また、手形の振出人は全て松木の会社になっていた。裏書のトップは松木か不二子さんである。額面こそ融通手形を切るときのように端数はつけられてなかったが、融通手形とは言えなかった。
 融通手形を松木が切る場合、もう一人協力者の存在が必要になる。この協力者と松木が互いに切った手形を交換するのである。主に資金調達のために使われる手法らしいが、取り扱う側の危険性は非常に高くなる。
 銀行を通されていない手形であることはイチコの想像どおりだったのだが、イチコはその理由として白地の融通手形でも掴まされたあげく松木にも手形の振出人にも逃げられたのかと思っていたのだ。それがまったく違っていたのだから、呆れてものも言えない心境だった。
 ややこしい手形でもないのに、なぜ銀行に持って行くこともせず、時効になるまで後生大事に持っていたのか、それが不思議だった。しかも裏書に自分の署名をしておきながらである。
 これなら不渡りの印でもある方がまだ可愛かった。
 訴訟の証拠資料として通用しそうなものは一枚もなかった。森田が受けられませんと言って来るのも当たり前だったのである。受けて立つだけ無駄な訴訟になるところだったのだ。
 この間抜け、とイチコは胸の中で毒づき、すぐ横に座っている不二子さんを睨んだ。
 彼女の膝の上には薄っぺらな紙の束が乗っていた。それが借用証書であることは一目で分かったが、イチコはすでにそんなものには興味がなかった。手形の危険性から考えて借用証書を松木に書かせたのであろうが、時効が成立しているのだから用済みである。森田もそれについては特別何も触れなかった。
 こんなことならあのとき先生に詳細を聞いておけばよかった、とイチコは後悔していた。先生とは司法書士の先生のことである。
 イチコに睨まれた不二子さんはますます困惑していた。
 「先生、でもわたし、これだけ払ったのよ」
 そんな問題ではなかった。
 しかし、森田は、
 「使えるものもありますよ」
 予想もしていないことばだった。
 「聞きます」
 イチコは即答である。先日の相談には乗りますというのは、このことだったのだと思うと自然とそうなった。
 腹は立つが、やはりイチコはこの彼女を転ばすことはならなかった。
 
 この夜、息子たちの用事を済ませたイチコはまた不二子さんの自宅まで車を飛ばした。森田弁護士事務所を出たとき、夜打ち合わせをする約束をして別れたのである。
 「松木の、全部出して」
 先日のようにコタツに足を入れると、イチコはすぐ言った。
 森田から聞いた話では使える手形は裏書のトップが松木の署名であるものに限られるのだが、訴状を書いて来なさいと言われたことはまだ分かるとして、領収書を揃えて来なさい、という意味がよく飲み込めなかった。全部の資料を見比べた上で、森田の言ったことをよく考えてみようとイチコは思ったのである。

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コメント


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madspecialさまへ

 お元気で何よりです。
 こちらこそいつもお世話になっております。語り口が絶妙なので、いつも楽しみにさせて頂いております。
 お互いに自愛自重で頑張りましょう。行けるところまで行くのですよねえ?(笑)

紗羅の木 | URL | 2007年08月28日(Tue)12:01 [EDIT]

何時もすみません。御袋の納骨やら何やらで暫く拝見できませんでしたが、進んでますねぇー。がんばりまーす。

madspecial | URL | 2007年08月28日(Tue)02:44 [EDIT]

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