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始発駅

「イチコの選択」では大変お世話になりました。無事連載を終えた今、このブログで何ができるのかを考えています。のんびりお付き合い頂ければ幸いです。

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醜態(7)

 松木が訴訟を起こしてからというものイチコは夜の大半を不二子さんの家で過ごすことが多くになった。自宅でするより息子たちがいない方が気楽にできるというだけの理由でそうなったのだが、彼女と二人きりでそれだけの長い時間を過ごすことなど、これまでにないことだった。
 森田から与えられた課題はとても一日や二日でこなせるものではなかったのである。使えない手形は除外したとしても、借用証書と手形の枚数だけ債権ないし債務の件数があるのだ。それらを一件ずつ過去の記録である契約や弁済をなかったことにして、新しいものに作り変えて行く。早くいえば改ざんである。彼女が自分の横で本を読んだりテレビを視たりしているのを尻目にイチコはこれを一人で考えた。どうせやれといっても出来ないと分かっているからそうなるのだが、そのために大量の時間が費やされたことも確かである。
 不二子さんが取って来た登記謄本によると松木の会社が破産宣告を受けたのは平成四年だった。資本金は一千万の株式会社である。
 イチコはほとんどの借金の契約日を破産宣告より少しだけ前に設定し直した。支払いの始期はさらに一、二年遅らせ、支払い方法は年一回払で何年もかかって払ったという設定にする。少々無理はあるが、不二子さんの代位弁済による請求権(求償権)を復活させるためにはこの方法しかなかった。不自然な支払いの遅れは遅延損害金を支払ったことにして補った。従って不二子さんは反訴で代位弁済による求償権で支払い請求をすることになる。
 代位弁済とは読んで字のごとく、債務者に代わって弁済するということである。求償権の消滅時効は十年であるがイチコの施した細工によって、債務消滅の取得時効成立に関係なく松木側に支払い義務が生ずることになる。
 一番肝心の債権者は街金ではなく不二子さんの知人から募ることにする。そうしなければ領収書を作ることが出来ないこともあるが、金の工面はほとんど不二子さん単独でしていたことであり、松木の同行はなかったという過去の事実によりすり替えが可能だと判明したためでもある。
 こんなことが出来るのはひとえに借りた相手が街金だったためである。街金でなければ領収書は複写になったものを発行しているだろうし、書類に抜けた箇所があったりしないはずである。
 ただし手形に付随していたはずの借用証書だけは元がないのだからどうにもならなかった。いくら新たに作っても松木の署名捺印がなければ証拠資料とは言い難い。イチコは契約更改の形で新しい債権者と不二子さんの間で交わす書類を作りはしたが、これに印鑑証明書を添付してもあまり効力はなさそうである。ないよりましと言うだけのことだった。何もなければ困るのは実際に戦ってくれる弁護士なのだ。イチコはそう思って作ったのである。
 今回の不二子さんの役目は、領収書を書いてくれる知人を探して来ることである。個人間の貸し借りの設定だから、人数は多いほどよい。
 債権額は元本だけで二千万を超えるものになのだから、一人頭の受け持ち金額が五百を超えたりしないようにしなければならない。超えると不自然である。これでも使えない手形を外したので、訴状に記載されていた金額を遥かに下回るものとなっている。
 「どうなの? してくれそうな人見つかったの?」
 イチコはシナリオが整いそうになった頃、不二子さんに確認を入れた。
 「今書いてくれそうな人を当たってるんだけど。わたしこれで取れたらいくらかでも返したいと思って。佳奈ちゃんでしょ、それからあんた。同級生の会計士にも声掛けたんだけど、二百ほど借りてそのまんまになってるから。でもイヤだって、金はもういいからって。あんた、あいつ、あたしが一番醜く齢を取ったって言うのよ。それって失礼じゃない?」
 失礼ではないだろう、そのとおりではないかとイチコは内心思った。借金を返す気があるなら、現金を持参するべきである。これで払うからと松木の顔を見せられてもいい顔をする者はいない。まして債権者になる協力をするということは、証人として裁判に出る可能性もあるのだ。
 ところで佳奈ちゃんて、まさかあの佳奈ちゃんなのだろうか、とイチコは内心首を傾げる。いくらでも出て来そうな彼女の借金遍歴にイチコは驚いていた。
 彼女は笑って話していたが、イチコはそれには同調せず、
 「いないと、困る。金融屋の連中がしてくれるのが本当は一番いいけど、それはあり得ないから」
 叩けばいくらでもほこりが出るような連中が法廷に立ったりするわけがない。
 「最悪なら、うちの弟と妹。それからあの子、浅ちゃん」
 「浅ちゃん?」
 イチコは怪訝な顔をした。
 「うん、浅見」
 不二子さんは平然として答えた。七年の浅見竜也のことである。変な女だ、とイチコは再び思った。が、
 「誰でもいいけど、他には?」
 と訊く。まだ訴状が書けていないイチコは焦っていた。裁判所が指定して来ている期日が迫っていたのである。
 
 
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