FC2ブログ

始発駅

「イチコの選択」では大変お世話になりました。無事連載を終えた今、このブログで何ができるのかを考えています。のんびりお付き合い頂ければ幸いです。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

醜態(17)

 季節はいつのまにか夏真っ盛りを迎え、イチコはうんざりしていた。浅見も浅見だが、不二子さんの浅見に対する小言を聞くことに疲れていたのである。ファミレスに集う暇があるなら家でゆっくりしておきたかった。
 「今夜、ちょっと会おうか?」
 イチコは珍しく自分から不二子さんを誘った。
 「バイパスを降りたところにもファミレスがあるでしょ? あなたの家からは近いよね、そこで十二時ね」
 イチコが指定したファミレスは二十四時間営業の店舗ではなく、閉店時間は午前三時だった。いくら遅くなっても三時には帰れるという目安がつけられることから、イチコはその場所を選んだのである。バイパスを走り抜けるときに見下ろせる夜景も気に入っていた。
 今夜こそ不二子さんとのいまいましい過去を清算してやろうと思い立ったイチコは、どうせなら好きな道を走って気分を高揚させて行こうと思ったのである。
 広い河川をまたぐように架けられたバイパスからの夜景は、河岸の工場の照明やラブホのネオンが瞬いている。ほの暗い水面はその瞬きを写して光り、静かに揺れている。工場に沿って南下すると海に抜ける。
 このあたりの河岸は、宮下の不実が分かった頃からイチコが独りで車を駆ってよく来たところである。もう一度翔ぶことができるのか、と別れることへの決意を自問しに来た、いわば将来の自分の原点になる場所だった。
 店に入ると不二子さんはすでに席に着いて待っていた。手に提げていた包みを彼女の前に落とすようにおき、いつものようにドリンクバーに向かおうとすると、不二子さんが止めた。
 「あんた、わたしがする」
 「うん? いいよ。自分でするから」
 「いいじゃない、座ってて」
 「あ、そ」
 イチコはそれほど言うのならと言わぬばかりに腰を降ろした。彼女はすぐコーヒーとミルクを運んで来た。イチコはミルクの濃いのが好みなのである。
 「あんた、いっつもごめんね。もらってもいいの?」
 「うん、どうせ店のだから」
 店のだからいくらかは安く買えるという意味である。これまでファミレスで会うときはたいてい不二子さんが払って来ていたので、イチコが時々ものをつけるのも習慣になっていた。
 ミルクは注いだが、口をつける前にイチコは切り出した。
 「もうちゃんと形にするために公正証書にしようよ」
 「うん、そうね。その方がいいとあたしも思う。もっと早くあんたにあの子を預ければよかった。だって、あの子。わたし、第二の松木になるなよってずっと言って来たけど、何かそっくり」
 これほど話題に上る松木の訴訟も混沌としていていい結果になる兆しは見られなかった。
 不二子さんは大きく溜息を突いた。
 「あたし、あれだけ稼いだお金、どこに行っちゃったんだろ?」
 「何もない暮らしが一番いいよね」
 口調こそ柔らかくしたが、イチコは皮肉った。
 「あの子、裁判のこと聞くばっかりするの。またあたしのお金を当てにしてるのよ。あたし、あの子のために前の会社の人からもお金借りてるのに。みんな浅見のこと話したらあたしのこと可哀想って言ってくれて」
 使途は金利だという。
 「金利の要らないところに借り換えないとかなわないじゃない? そのかわり顧客の担当を全部その人にしたの。そしたら毎月いくらかその人に入るでしょ?」
 今頃になって言っても、もう遅い、とイチコは思ったが予想していたことなので驚きはしなかった。さらに強く公正証書の必要性を感じただけである。
 イチコの手元には彼女名義の借用証書が一枚もない。この不利を補ってくれるのは公正証書だけである。
 公正証書ならば、借用証書がなくとも正確なメモがあれば作成可能なのだ。いい加減なようだが、債権者と債務者が納得して契約更改をすることがその主旨だから、理には適っている。
 「あした、先生のところに行って来るから。浅見に伝えておいて。それでいい?」
 原本はその日のうちに上がるわけではない。イチコは司法書士が作成してくれる委任状を持って二人と話をするつもりでいる。委任状には債権債務関係はもちろんのこと、支払い方法なども記される。
 「うん。あっ、でもその前にちょっと待って」
 「なに?」
 「あんた、あたし昔あんたに預けたでしょ? あれ」
 「あれ?あれってなにさ」
 「ほら、確か、内科に入院したことがあったじゃない、わたし。そのころ封筒に入れて預けたはずよ。確かにあんたよ、他の人に預けた覚えないもの」
 イチコはしばし考えた。遠い記憶である。
 内科と封筒という二つの単語がそれを思い出させた。それは赤っぽく大きめの封筒だった。
 「ああ、家の金庫にあると思う。底の方にね。何が入ってるのか知らないけど、確かに預ってるね。あれがいるの?」 
 「うん、ちょっと。ちょっと見るから」
 その封筒に何の用があるのかは分からないが、不二子さんにはよほど重要なものらしく、
 「じゃあ、またあしただね」
 延期の確認を取るようにイチコが言うと、
 「うん、ごめん」
 彼女は妙にしおらしかった。
 
 
FC2 Blog Ranking
ブログランキング・にほんブログ村へ
 
 
 

 
 
 
 
 
 


 
スポンサーサイト

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。