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始発駅

「イチコの選択」では大変お世話になりました。無事連載を終えた今、このブログで何ができるのかを考えています。のんびりお付き合い頂ければ幸いです。

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醜態(18)

 赤い封筒はイチコの記憶どおり金庫の一番底に眠っていた。
 その封印は元々糊付けが甘かったのか少し浮いていた。預ったのは平成九年だから、年数が経っているせいもある。不二子さんが高脂肪血症で入院する際に持って来たものだった。
 何が入っているのか。イチコは気になったが、開けてみるのはさすがに性に合わなかった。
 翌日の夜、再び同じ場所で落ち合うと、そのままの状態で不二子さんに手渡した。彼女が言わなければそのまま金庫で永遠に眠っていたはずのものである。それを忘れずにいたということは彼女にとってよほど大事なものに違いなかった。そう考えると、その中身をイチコはなんとなく予想できた。
 
 不二子さんはイチコの前でその中身を広げて見せた。
 出て来たのは借用証書などの類である。それはまさしくイチコの予想どおりだった。あの当時イチコは何気なく受け取ったのだが、とんでもないものを金庫に寝かせていたことになる。
 「ちょっといい?」
 イチコは手を伸ばしてそれらを全部引き寄せた。数にして十枚はあった。内数枚は領収書である。いかにも闇金の匂いが漂うようなものはなかった。
 借用証書には浅見と並んで女性の名前が署名されていた。当時の浅見の彼女のものであろう。ざっと見積もっても一千万以上の金額だった。
 これは松木のときと同様に不二子さんが全額磨いたものと見るべきである。日付は七年から八年にかけてのものが記されていた。すでに請求権の時効が成立しているものもある。
 イチコと不二子さんに挟まれた浅見がいつものらりくらりしているはずであり、またその浅見に不二子さんが必要以上にかまうはずだった。浅見はそれこそ針のムシロに座らされた気分だったであろう。
 これだけの債権をなぜあの当時宮下に取り立ててもらわなかったのか、とイチコは思うが、松木の時とは違い、いまさら何を聞く気も起こらなかった。
 「あんた、公正証書って、できるの?」
 不二子さんが不意に声を発した。
 「ん? どういう意味?」
 「だって時効がどうとかって松木の時言ってなかった? 時効って十年でしょ?」
 「ああ、この場合時効は関係ないよ。二人で納得して判を突けば時効はまたそこから始まる」
 言いながらイチコは手にしていたものを彼女に返した。
 彼女も浅見に公正証書を巻く気でいるらしい。自分でケジメをつけるのならそれが一番いいだろうとイチコは思った。ただし二人の話し合いをうまく運ぶために同席を求められるかもしれないとも思った。
 不二子さんは借用証書を見ながらしばらく何か考え込んでいる様子だったが、それを元の封筒に戻すとイチコの方に押しやった。
 今度はイチコも少し驚いた。
 「なに?」
 「持ってて」
 「どうするの?」
 「いいから、あんたが持ってて」
 不二子さんは押し付けるように言った。
 彼女の取った行為の意味をしばらく考えたイチコは、
 「あした、午前中、たぶん十時か十時半ごろかな。先生のところに行く」
 自分たちの分もついでに相談して欲しいという意味に捉えて言ってみた。
 「うん、出来たら連絡して。あの子、呼んでおくから」
 「じゃあ、わたしは行けばいいね?」
 「うん、行って。もう行けばいいと思う」
 イチコは自分の解釈でよかったのだと思った。

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