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始発駅

「イチコの選択」では大変お世話になりました。無事連載を終えた今、このブログで何ができるのかを考えています。のんびりお付き合い頂ければ幸いです。

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醜態(19)

 家に着いたイチコは再び預ることになった封筒の中身を卓上にばらまいた。不二子さんには黙っていたが、中に一枚だけ気になる領収書があったのである。
 金額はさほど大きくはないのだが、そこに押されている領収印がイチコの目を引いて止まなかった。それはプロレスなどの興行関係のものだった。
 七年当時浅見が興行関係に関わっていたとしても、何ら不思議ではない。ヤクザ関係者のシノギとしては、チケットを売りさばいてバックマージンを受け取るというごくありふれたもので、息の掛かった店舗などに頼んで買ってもらうのである。受け取る割合は分からないが、過去に宮下が関わっていたものは折半だった。そのかわり引き受けるチケットも半端な量ではなかった。
 もっとも宮下が関わっていたのは新法施行の前である。今なら下手をすればみかじめ料(用心棒代)の代わりと取られかねない。
 また引き受けたチケットを全部売りさばいても、その割りに客の入りは少なかったりするのが現状である。買ってくれる者がいるうちはよいが新法が施行されると買う方も見たくもないものに金を出す義理を感じなくなる。そのため「こんなしんどいもん、もうやめじゃあ」と宮下はさっさと施行前に見切りをつけた。
 不二子さんがこのいきさつを知らないはずはないのである。浅見の崇拝していた兄貴分がこの仕事に関わって失敗したとすれば、浅見の大借金はそのためではないかと考えられる。済んでしまった事なので彼女に問うことをしなかったのだが、もしイチコの推測が合っているなら、不二子さんは若い浅見がみすみす泥沼にはまるのを見過ごすどころか、手伝っていたことになる。
 一体どこを見て生きてるんだ、とイチコは自分のことは棚に上げて思った。
 
 先生はいつもと変わらずイチコを迎えてくれた。お久し振り、と女性事務員が微笑む。しばらく来てなかったが、いつもの風景である。
 まっすぐ先生のところに向かったイチコは、
 「公正証書をお願いしたいのです」
 用意して来たメモをデスクに置いた。
 メモは昨夜のうちに書き記したもので三枚あった。イチコと浅見、不二子と浅見、イチコと不二子。そのように債権者と債務者を記し、それぞれの契約内容を記してある。借用証書もその横に添えて置いた。
 これで自分の過去の大きな過失が先生にばれるのである。怒られるのは十分覚悟していた。
 「なんて? イチコさん」
 先生は指先でメモをつまみ、上目遣いにイチコを見た。
 「あの、お願いできますでしょうか?」
 イチコは小さくなった。先生はジロッとイチコを横目で睨んだが、穏やかな口調で言った。
 「椅子を持って来て座りなさい。三枚だな、公正証書は。これなど時効が来ておる」
 「はい」
 イチコはいつもの椅子を広げて先生のそばに座った。
 「支払い方法はどうする? 月払いにしてボーナス月は多めにするか? この不二子さんと浅見は何をしている人なんだ?」
 イチコは問われるまま二人の職業を答えた。先生は当然のようにイチコが債権者になっているものから作業を進めて行く。
 「月末払いの銀行振り込みにして下さい。五万ずつくらいでないと無理でしょうね、二人とも。金利の方は年十パーでどうでしょうか?」
 「うむ、あなたがそう言うのならそれで行こうか? 全部で何回の支払いになるかちょっと計算してみるか」
 支払いの終期をはっきりさせるために必要な作業である。まるで割賦販売の契約書を作成しているようだ。
 先生は反故になったコピー用紙の裏を使って計算を始めた。
 そのときである。
 イチコの膝の上のバッグから携帯の着信音が鳴り始めた。

 
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