始発駅

「イチコの選択」では大変お世話になりました。無事連載を終えた今、このブログで何ができるのかを考えています。のんびりお付き合い頂ければ幸いです。

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醜態(24)

 イチコの心中は複雑だった。浅見には何の恨みもない自分が公正証書を作成することによって、これからの彼の人生を奪うことになるのだ。
 「あんた、あたしもこの人にまだ一千万くらい借金があるんだからね」
 不二子さんはイチコをあごでしゃくり、満面に笑みを浮かべて浅見に言った。これで事は成就したも同然だと思っているようである。
 イチコの中で浅見に対する罪悪感よりも彼女に対する嫌悪感が勝って来る。
 「身分証明書、印鑑証明書、印鑑、それから住民票ね」
 イチコは知らん顔をして、必要なものを浅見に告げた。
 住民票は浅見の行方が分からなくなったときのための用意である。身分証明書は委任状によって代理人を勤める司法書士が依頼人の身元確認をするためである。付き合いの長いイチコの場合は必要としない。
 浅見が携帯にメモしているのを不二子さんは横から覗きながら、イチコを見て言った。
 「あんた、保険。あれを担保にするって言ってあったでしょ、わたし」
 「それは後。証書が上がってからでないと出来ない」
 公正証書の原本には必ず番号があるのだが、この番号が大切なのである。先の債権譲渡と同じ理屈である。番号を記載した契約書でなければ時効の成立したものを生かす債権を作れない。
 保険とは言わずと知れた生命保険のことであり、浅見の保険は彼女が今の会社に入社してから契約させられたものである。イチコはこの話もあまり乗り気ではなかった。面倒な担保は欲しくないのである。
 「でもあんた、できるでしょ? わたしそんな話聞いたことある。あんた、持っていってしてもらいなさいよ」
 「あ、その日いっしょに持って行きますんで」
 浅見は軽く彼女に同調した。
 
 イチコは不二子さんの言うことなら何でも聞いている浅見という男が不思議でならなかった。
 不二子さんの話によれば、イチコは合わせて二千五百も二人に用立てていたことになるのである。そんな大金をだれが投じるのか。宮下の存在がいかに効力のあるものであったとしても、少し彼女の話を信じ過ぎではないか。浅見に告げることが何もなくなったイチコはそんな事を考えながら、大学生の息子が加わって繰り広げるいつもの三人の馴れ合いの会話をぼんやりと聞くともなしに聞いていた。
 「それにしても俺、一千五百ってそんなもんだった? 自分の計算では三千はあると思ってたんだけど」
 浅見がそういうのならイチコが知らないだけでまだどこかにあるのかもしれない。
 「アサ、アサ。オレ、あの頃ガキだったけどよく覚えてる。紫のテカテカした服着て宣伝カー乗っててさ。オレ、びっくりしたもん」
 彼女の息子である。内容は興行の宣伝の話に違いなかった。
 ふっとその話を耳に入れたイチコはカチンと来た。そのまま不二子さんをにらみつけ、
 「おまえが付いてて何でこんなことになる? そんな仕事が儲かるわけないだろうが」
 ずっと思っていたことが口をついて出た。
 「うちのがやってたの知ってるでしょうが」
 「そりゃ知ってたけど。この子が大丈夫だって言うし。分かったときにはこの子、もうやってたのよ」
 おまえの方が十六も年上なのに何を考えてる、と言いたかったがイチコは思いとどまった。
 「もうお開きにしよう」
 精算伝票をひったくるように取り上げるとイチコはキャッシャーに向かった。
 慌ててイチコの後を追って来た浅見は、
 「すみません、ごちそうになります」
 浅見が自分の背後で頭を下げている気配を感じたイチコは、振り向くことはなかったが、こいつは師匠を間違えたのだ、と思った。
 
 イチコが指定した日、浅見は約束をたがえる事なく先生の事務所にやって来た。不二子さんはギリギリの時間まで浅見が逃げはしないだろうかと心配していたのだが、それは徒労に終ったのである。
 公正証書にかかる費用は全額イチコが持つことになった。著名捺印が終った後の先生の問いかけにイチコがそう申し出たのである。騙すという後ろめたさがそうさせたのだが、普通はこういう面倒をかけさせた債務者が持つものである。
 生命保険の件を先生は質権設定という扱いで処理した。質権だから浅見の証券はイチコが持つことになる。
 「いいか、あなたは取立て屋ではないんだから。債務者をつぶしてしまっては何にもならんぞ。アメとムチで行くんだ。保険もあれが保険料を払えなくなったらあなたが払ってでも回収することになる。そのへんは分かってるな?」
 その際に先生がイチコに言ったことばである。
 分かってはいるが、イチコの気分は憂鬱だった。あの女と関わると不本意な事にしかならないと思っている。いつも事が起こった後で何か出して来たり、知らせて来たりする、松木事件以来いっしょに過ごした長い時間の中でイチコが接した不二子さんとは、そんな女だったのだ。
 まだ何か出て来てもおかしくない、イチコはそう思った。
 
 
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コメント


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奈緒さまへ

 このころは法律漬けだったですね。
 愛読書とは言いませんが、我が家には法律書がけっこうあります。ただ法の改正があると古いものがたまっていきますが。
 法律も民法などは知っておくと役に立つこともありますよ。
 いつもありがとうございます、です。
 

紗羅の木 | URL | 2007年09月25日(Tue)03:31 [EDIT]

ieie

いえいえ~。
イチコがお金を回収するにはこの方法が一番かもですね。代位弁済。
嘘をつかなくてはいけないのがアレですけど。

証書を3枚書く場合は「イチコ―浅見」ではお金が回収できそうですけど、
「不二子―浅見」で回収が困難そうですけら、結局「イチコ―不二子」の回収が滞りそうですもんね。

ただ。。。。。法律って難しいです(笑)

応援ポチット。

奈緒 | URL | 2007年09月25日(Tue)00:25 [EDIT]

奈緒さまへ

 奈緒さん、奈緒さんてすばらしい。だいたい合ってますね、うれしいです。
 公正証書に虚偽の記載を申請した場合、まず浅見が騒ぐ。司法書士会にでも行かれたら困るということですね。
 またお願いするかも~です。小躍りしたいくらいうれしいです~(笑)
 ありがとうございました。
 
 

紗羅の木 | URL | 2007年09月24日(Mon)01:50 [EDIT]

ええと

この場合、公正証書を一本化(債権譲渡)するには「借用証書の改ざん」が必要になり、
債務消滅の取得時効を援用が出来るはずの浅見をだますことになる。
公正証書偽造?になるわけだから先生にも迷惑が掛かる。
と解釈しました。

代位弁済による債権譲渡の場合は、不二子の変わりにイチコがお金を貸したということになり、「イチコ-不二子」の返済義務も消えない。
それを消滅させることの出来る債権譲渡には浅見が判をつかないから消えることはない。
ただし、イチコが全てお金を用立てていたという「嘘」を浅見につくことになる。
つまりはイチコ経由で、不二子はお金を回収したい。
「宮下の後ろ盾」を味方にして、自分の分を回収してくれ。ということですよね。

こう解釈しましたが、間違っていればおしえてください~。

おうえんぽちっと。

奈緒 | URL | 2007年09月23日(Sun)23:31 [EDIT]

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