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始発駅

「イチコの選択」では大変お世話になりました。無事連載を終えた今、このブログで何ができるのかを考えています。のんびりお付き合い頂ければ幸いです。

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醜態(25)

 「今度は、マンションを買ったとか、ビルを建てたとか、もっといい話を持って来なさい」
 先生がイチコをそう叱ったのは浅見の債務整理がいよいよ最後になってからだった。 
 公正証書に始まって生命保険の質権設定までに要した時間はおよそ一ヶ月半と思ったよりも長いものだった。質権設定に先生が万全を期したこともその要因だったが、何よりも証書に記載すべき債権の件数が二十件を超える多さだったことが大きな要因だったようである。一ヶ月くらいはかかると先生から聞いてはいたのだが、先生のところに取りに行った送達証明書の日付は申請からちょうど一ヵ月後のものだった。
 送達証明書は債権者にとっては非常に大事なもので、これがないといざというとき債務者に強制執行をかけることが出来ない。これさえあれば面倒な手続きを踏まなくても済む。公正証書は、裁判の判決と同じ効力を持ち合わせているのである。
 それほど強力な証書ではあっても、先生も言ったように額面額が高い分回収にともなうリスクも高くなる。
 イチコは何か小さな会社からでも始められることを捜してみようか、そんなことを考えざるを得ない状況に追い込まれていた。月五万ずつしか回収出来ないことがこれから先への不安を余計にあおっていたのである。
 浅見に金利を払うまでの余裕がないことも分かっていたイチコは元金だけ振り込んで来ればそれでよしとするつもりでいたのだが、それならば宮下が生活を保障してくれている間に何とかしなければならない。会社法も変わるから有限なら今のうちにしなさい、という先生の助言もイチコの背中を後押ししていた。
 しかし、事はそううまくは運ばなかったのである。
 
 浅見の債務処理が終わりを告げる頃、
 「あんた、あたしこれで何にも書かなくていいでしょ? あたし、取れたらちゃんとするから、信じて。だから差額が三百出るでしょ? その三百あたしに頂戴」
 イチコの元にやって来た不二子さんが言ったせりふだった。
 このことばで浅見に多額の債務を押し付けたのは、自分から金を引き出すためだったとイチコは知ったのである。
 イチコは再び七年の嵐に襲われたような気分だった。
 取れたらとは、松木との訴訟に勝ったらという意味であろう。
 三百とは単純に千五百から千二百を差し引いたもののようである。法的には千二百から六百三十を差し引くのだから五百七十が正解であるが、彼女が思っていることも満更おかしいことではなかった。
 彼女は、(不二子―浅見 千二百)と(イチコ―浅見 三百?イチコ―不二子 六百三十)を完全にすり変えられた(債権譲渡できた)と思っているようである。従って証書の額面が千五百であることを知っている彼女は上記のように計算をしたと思われる。このことからうかがえるのは、赤い封筒に入れてイチコに預けておいた債権で七年の債務を埋めようと早くから彼女が考えていたということである。差額の二百七十は七年にイチコが一時払いを解約して損をした金利のつもりであろう。回収をイチコにさせて差額だけ請求する腹だったことになる。
 二百七十を法的に根拠のあるものにするには、当然のことながら七年以来の金利という項目を追加した上、(イチコ―不二子 九百)とする必要がある。
 また三百の部分の法的解釈としては浅見が二万ずつでも債務を認める行為をしたのだから、その時点で不二子には関係のないものとして独立しているとみなされる。従って時効が成立していないとしても、千二百とすり変え可能なのは(債権譲渡できるのは)六百三十の部分だけである。 
 こんな説明を彼女にする気はイチコもなかった。どこまで回収できるか分からない債権である。彼女が二百七十を自分にくれて、取り分は三百と思っているのならイチコはそれでよかった。
 六百三十という彼女の債務が法的には消滅していないことも、イチコは言わずにいた。証書を書かなくてもいいと思っている彼女にはイチコもむっとなったものの、現実と書類上の違いを説明しても分かってもらえるとは思えなかったのである。
 しかし、浅見の支払いは二万が五万になったとはいえ、まだ始まったばかりである。三百をくれということは、回収屋に取れもしないうちから現金をつけろと言っているようなものである。ヤクザでなくても怒るようなことを平気で言う彼女の無神経さだけは我慢ならなかった。
 これからの息子たちのことを考えると出せる金額ではない。イチコは彼女の申し出を無言で聞き流した。下手に口を利くと切れて怒鳴りつけそうだったのである。
 このときのイチコの無言の抵抗は、その後の不二子さんをますます躍起にさせることになった。
 
 
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