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始発駅

「イチコの選択」では大変お世話になりました。無事連載を終えた今、このブログで何ができるのかを考えています。のんびりお付き合い頂ければ幸いです。

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醜態(26)

 「あんた、宮ちゃんこの頃どう?」
 いつものファミレスで来たばかりのイチコにコーヒーを運んで来た不二子さんは席に着きながら訊ねた。
 「どうとは? 相変わらずだけど」
 呼び出された用件を早く聞きたいイチコは、彼女の横に立て掛けられている封筒に目を移した。
 もう誰にも騙されたくないから見て欲しい、と電話で言って来たのは彼女である。松木裁判でどのくらい取れるのかは分からないが、尾上弁護士が言うには、まったく取れないことはないということだった。だからイチコは渋々でも距離を置きながら彼女と付き合っている。
 封筒の中に入っていたのは浄水器のパンフレットだった。どこからか紹介でもされたのであろう。マルチ商法の可能性を彼女が心配していることはイチコにも分かる。
 「有名な経済新聞に出てたから間違いないとは思うんだけど。あんたも何かしなさいよ」
 おまえに言われなくても分かってる、とイチコは思った。浄水器に関わりたくないイチコは、
 「まだ検討中だけど、有限会社でもするさ。あなたはあなたでしたらいいじゃん。クラブにでも持って行って買ってもらったら?」
 高額な浄水器を何台も引き受けさせられてはかなわないのでこう答えたのだが、これが悪かったようである。
 「とにかく金を握らないと」
 それがイチコに三百を断られてからの彼女の口癖だった。
 翌日脱兎のごとくいきなりイチコの職場にやって来た不二子さんは、
 「あんた、ちょっと仕事の話」
 イチコは保険の話かと思ったのだが、そうではなかった。彼女はある飲食店の名前を挙げ、
 「わたし、あんな店がしたい。こんどいっしょに行ってみようよ。話はそんだけ、じゃね」
 身をひるがえして帰る姿も来たときと同じだった。
 脈絡のない話にイチコはしばらく呆然としていた。彼女が挙げた店なら、イチコも知らない店ではない。所在地は郊外だが、交通量の多い道路に面していて、よく流行っている個人経営の大衆食堂である。
 この日から彼女ははや開店準備でもするかのように、自分のプランを披露し始める。何でも佳奈ちゃんと浅見を従業員に使うのだというのだが、イチコは生返事をするにとどまる。
 うっかり何でも言えない。イチコはそう思っていた。
 オーナーに自分を引っ張ろうとしているのがやっと読めたのである。
 この話の間にも、彼女の息子から浄水器を会社で扱ってはどうかという話があった。こいつらの話に乗ったら七年の嵐どころか、取り返しがつかなくなる。そんな恐怖感がイチコを支配していた。
 浅見ではないが、イチコはのらりくらりを決め込むことにした。食堂経営の話はそれで立ち消えになったが、不二子さんが引く気配はなかった。次にはデリヘルの話を持ち込んで来る始末であった。
 デリヘルの話に大乗り気だったのは彼女の息子である。店舗なしでもできるというのがその理由らしかったが、話を聞いたイチコは苦笑した。どんな商売でも準備金もいればプールしておく金もいるのだ。
 する気のない自分が非難しても仕方ないのでイチコは黙っていたが、イチコの腹を見透かすかのように、
 「うちのおかんは○○一の家系ですから。借金取りもそう言って帰りますから。ここのおかんは○○一やって」
 彼女の息子はそんなことを言った。その横で、それはそうと、と前置きした不二子さんは保険の特約店扱いにしている浅見が、保険を一つも上げて来ないのだと言ってこぼした。
 彼女の浅見への不満は公正証書以降、ますます激しくなっていたのである。とにかくこの頃あごを上げて生意気だと言う。
 「あの子、たかが保険も頼む人いないのかしら。あたしなんかみて。あの子が付き合ってるのって、ほんとはみーんなあたしの関係よ。あたし、付き合い出したら長く続くから」
 すべて験の悪いセリフに聞こえたイチコは、
 「あのね、頼む人がいないのが普通なの」
 浅見の方がよほど常識があるようだ、と思った。そのときである。保険の話から関連性を思い立ったのか、彼女の息子が言った。
 「まあ、そんなことはいいから。それよりあんた、この前入院したときの保険はどうなってんの? もう出ないの? その前、オレがまだガキの頃のは誰かに貸したとか何とか・・・・」
 そこまで言ったとき、不二子さんは小さい振りだが強く首を振って息子を制した。
 息子が言っていることはイチコがその当時聞いた記憶と同じである。しかし、ここ数年の彼女は、まるで自分は運に見放された代表格なのだといわんばかりに、あれもこれも出なかったと言い続けて来た。当時の話が本当であろうとイチコは確信する。
 金はなくなったのだから出なかったと言っても、ないことに変わりないわけである。これが彼女の嘘つきスタイルなのだと詭弁を使う不二子さんを見て来たイチコには納得できるものがあった。

 彼女の息子は本気でデリヘルを開業しようと思っているらしく、申請書類を書いてくれる行政書士を捜して欲しいとイチコに頼んだ。
 デリヘルの開業は届出制である。所在地の警察署に行けばその書類もあり、講習を受けるだけでさほど面倒なものではない。
 「どこに事務所をおくのか知らないけど、行政書士なんかいらないよ」
 イチコはこの答えを最後に、不二子さん親子と会うことを控えるようになった。
 
 
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コメント


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銀河系一郎様へ

 銀河さん、いつもありがとうございます。
 「可哀想」ですね、あそこは。ありがとうございます。訂正させて頂きました。
 気をつけているつもりでも自分では目に付かないです。これからもよろしくお願いします。
 「代位弁済」は苦肉の策ですね。これしか手がなかったということです。
 こういう裏を明かしてもよいのか、と本当は少し迷いました。でもこれを欠くと話に面白味がなくなるので入れております。代わりに地域名など特定できるものは一切入れておりません。
 お金のことばかり思って働くのは皆さん同じで、過ぎてみたら分相応のものしか残せないというのが真相だったりするのでしょうか(?) ちょっと年寄り臭いかな(笑)
 本日はお越しいただき、ありがとうございました。
 

紗羅の木 | URL | 2007年10月12日(Fri)01:47 [EDIT]

代位弁済という手があるんですか、なるほどスマートと思いました。
(スマートにはずる賢いという意味がありますよね)
銀河系一朗を脳内メーカーというお遊びソフトでやると、全部金という珍しい状態になるんですが、これでは金と金が反発するので直接に金は入って来ない、というのが、運命学的な捉え方らしいです(辛) 金が入る脇道を作らねば。

醜態(十七)後半の不二子の台詞、可愛いそうというところ、可哀相がよいかと。もちろん、不二子がしょって「可愛いと言われるのよお」と吼える意味ならば訂正不要です(笑)

銀河系一朗 | URL | 2007年10月11日(Thu)23:43 [EDIT]

ながた たい様へ

 まずは、ご訪問ありがとうございます。
 そして、一言。びっくりしました。全部読んで下さったなんて、感激しました。長々と引っ張っているので大変だったでしょう? お疲れではありませんか?
 
 不二子という女性が失敗した大きな要因はバブル期にあるように思います。あの時代、繁華街にはたくさんの店がありました。どんな女でも、(というと御幣がありますが)、「ママ」になれた時代ともいえるかもしれません。
 金が落ちるところに人が集まり、金を持っているとちやほやされる。彼女はバブルが終ってもその延長線上にいたのだと思います。誰も人のすることなど口をはさんでまで注意しない。彼女に金があるときはなおさらですが、なくなればなくなったで人はそっぼを向きますから、やはり注意しない。誰か一人でも言ってやる人間がいればこんなことにはなっていないはずなのですが、いかんせん「ママ」という立場上、本人も強情だったのだろうと推測します。誰にも相談することなく多額の金利を追いかけるために突っ走った(笑)
 街金は金利が非常に高いのです。油断しているとあっという間に膨れ上がります。
 また読まれて分かるように、彼女は非常に無知な女性です。人生の落とし穴にはまったことに気づいて、あがいているというのがここまでの状況です。息子を大学にやるのも、その一環だろうと思います。自分のために泣かすことはできない、という感じでしょうか。
 ながたさん、本当にありがとうございました。とても励みになりました。時々書けなくて苦悶の発作が起きるのですが、完結まで頑張ります。
 これからもあたたかく見守ってやってください。

 

紗羅の木 | URL | 2007年09月16日(Sun)23:47 [EDIT]

沙羅の木さんへ

やっと読破しました(笑)。
リアルですねー。
でも最大の疑問は、「何で皆そんなにお金必要なん?」ですね。
我が家はとりあえず息子の進学資金の工面を必死こいてやってますけど、他人から金借りるぐらいだったら、「すまんけど、中学出たら働いて」って言いますけど。
不思議ですねー。価値観の違い、だけですむ問題でしょうか?
続き楽しみにしております。
ではまたお邪魔します。

ながた たい | URL | 2007年09月16日(Sun)18:10 [EDIT]

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