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始発駅

「イチコの選択」では大変お世話になりました。無事連載を終えた今、このブログで何ができるのかを考えています。のんびりお付き合い頂ければ幸いです。

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醜態(32)

 「ねえ、お父さん、いつ亡くなったの?」
 イチコはこれも聞いてみたかった。
 「おやじ? 八年前や。なんや?」
 「ううん。じゃあお母さんは?」
 「お袋か。お袋は、おまえ、去年や」
 どきっとした。
 「去年って、うちのおやじも去年だったのよ。お葬式は? 行ったの?」
 「行けえへんわい。弟に言うて金取りに来させたんや。百万や。弟が高速で来たわ」
 行きたくても行けないのが宮下の本音であるのはイチコも分かっている。ヤクザは親の死に目にも会えない。新法のおかげもあって抗争は少なくなったが、これだけは変わらないようである。
 「まだ還暦ってわけじゃないけど、これからどうするの?」
 「お? 心配せんかて息子のところには行けえへんわい」
 イチコはそういう意味で言ったのではなかった。子分が一人もいなくなるような親分では困る、と言いたかった。が、言えなかった。
 「子供にそう伝えておくわ」
 「お? おまんまが食えんようになったら、俺はピストル自殺でもするからええんや。墓もあるしな」
 「墓? 墓を買ったの?」
 そこの部分は常識人ではないか。イチコは驚いた。しかしそうではなかった。
 「あほ、墓は田舎に帰ったらあるやないか。そのへんにある石を乗っけてくれとったら俺はそれでええんや」
 新法以来、組の存続が厳しくなってなかには自殺を図る親分衆もいる、とはイチコも聞いたことがあった。バブル崩壊後は企業だけでなく、ヤクザもそれまでの経済活動を見直さなければならない時期だったのである。
 うるさく思われてもいっしょに事務所にいて少しは意見のひとつでもしてみるべきか、かつて子分による金の持ち逃げが多発した頃、そう考えて悩んだこともある。そのかわり子供たちがどんな成長過程を辿るのかは保証できない。悩んだ末、この世界の大部分の女性がそうするように、表と裏を股に掛けながらイチコは子供を一番に取った。
 それでも宮下が順調に大きくなっている様子だったのでイチコは安心していたのだが、さすがに新法の影響は思った以上に大きく、宮下も例外にはなれなかったようである。
 「ね、今度三人で事務所に遊びに行こうかな。行ってもいい?」
 不意に聞いてみたくなった。
 「あほなことを抜かすな、来んでええわい」
 「うん? なんか都合の悪いことでもあるの?」
 「あほう、なんもないわ。おまえが来るところとちゃう。おまえが来る必要は、ない」
 すでに何もかもが遅いことを悟っているイチコは、電話の向こうで宮下がやけになって言い切るようすを想像して笑った。金もヨメも好きなように隠しておけばいい。
 「だね」
 「おお、もうええか?」
 うん、とイチコが頷くと宮下の電話は切れた。
 宮下から生活費の確約をもらったイチコは、これで別れるときは笑っていられる、と思った。自分から別れる条件を交渉したようなものであるが、負い目があるばかりに言い出せない宮下に、いつまでも感じ悪く怒鳴られるよりマシだった。宮下もめどが立って、返ってすっきりしたに違いない。この日のイチコはそう考えていた。
 これでイチコの悩みといえば、不二子さんのことだけである。宮下よりもこれからのイチコにはこちらの方が重大であった。
 しかし、宮下はイチコが思っていたようなすっきりした気分でいるわけではなかったようである。
 
 
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