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始発駅

「イチコの選択」では大変お世話になりました。無事連載を終えた今、このブログで何ができるのかを考えています。のんびりお付き合い頂ければ幸いです。

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醜態(34)

 何かおかしい。宮下の豹変振りにイチコは行き場のない迷路を彷徨わされているような感じを受けた。 
 不二子さんとの関係が宮下にばれることなど、二人のことを知っている誰かが宮下と接触でもしない限りあり得ないことだった。あるいは繁華街の方に行って何か吹聴して歩けば宮下の耳に届く可能性はある。どちらにせよそんなことをするのは彼女以外考えられなかった。
 宮下があれだけ不二子さんを嫌う原因は、よそにヨメや子供を隠しているからということだけではないのかもしれない。もう一度あの当時に戻って不二子さんと宮下の言い分の相違を確認してみる必要がある、とイチコは考えた。
 また、彼女には都合のいいところだけを切り取って持って来られた気がしてならないイチコでもあった。宮下に借りたものをイチコに借りて返していたのだとすれば、長い間うまい具合にたばかられていたことになる。なにかといえば夫婦の間に入っていたのも、両者にそれを隠すためだったのではないか。イチコはそんなことまで考えた。
 宮下の爆弾電話以降、イチコはふつふつと湧いてくる彼女への猜疑心を抑えることが出来なくなっていた。
 
 市街地の遅い秋が街路樹として植えられている銀杏の樹にも訪れ始めた頃、イチコは不二子さんから電話を受けた。用件は松木裁判に提出する証拠資料への押印とそれに添付する債権者の印鑑証明書を用意して欲しいというものだった。
 イチコが指定した日に家を訪れた不二子さんは珍しくノックをした。しかし、中からイチコが返事をする間などはなく玄関のドアはすぐ開けられた。
 長年の悪癖は少々注意したくらいでは直らないようである。
 実はこの無礼な所作をイチコは一度だけファミレスで諌めたことがある。
 「あたし、黙ってしてないじゃない。先に言ってから開けてる」
 彼女の答えにイチコは、まるで女王様だと失笑したものである。
 用意していたものを持って玄関に向かったイチコは疫病神の訪問でも受けたかのように顔をしかめて応対した。
 判を押しながら、八年にもこんな光景で彼女に真相を訊ねたという記憶がイチコの脳裏に蘇っていた。あの時は調書という単語は使わなかったとイチコは記憶している。
 「あなた、あのとき、平成八年の。覚えてる? 調書取られたでしょ?」
 顔を上げて彼女の顔を見つめた。
 一瞬息を呑んだ彼女は、
 「ちがうーう」
 子供が言い訳をするときのように大きな声だった。
 「あれは、あれは電話で聞かれたのよ、わたし」
 イチコは無言で頷いて見せた。
 電話で調書など普通はあり得ないことだった。やはり宮下が正しいとイチコは心の中だけで納得して済ませた。
 彼女が口を割った事実よりも、その嘘のつき方がイチコには憎らしかった。最初警察に訴えた者の行為を「売った」と限定するならば、彼女は売ったことにならない。しかし、調書を取られたのならそれも「売った」うちである。
 不二子さんは宮下が買ってくれた急須やコースターの話をし始めたが、イチコはろくに聞く気もなかった。そこの部分が嘘でないことは承知していたのである。
 「あんた方のおっさん、わざわざ店に来たのよ、何回も。そこで口裏を合わせる相談をしたんだから」
 「そう、どの店?」
 彼女が答えたのは二番目に閉店した店だった。その店なら出て少し歩けば大きな商店街に出られる場所にあった。商店街には瀬戸物ばかりを専門に扱っている店も何件かあったはずである。
 おそらく宮下が商品を買ったのは、ガサ入の情報を得てから逮捕されるまでの僅かな期間だったに違いない。そのときは世話になっても、彼女が口を割ったと分かれば、いくら彼女の顔で刑事から情報を得られたとしてもそんな刑事に宮下が礼などするわけがなかった。
 「浅見の二重利子の話はどうなの?」
 「あんた、あの子、宮ちゃんに感謝してるって言ってたけど、全部あたしが頼んでやったんじゃない。利息の棚上げを頼んだのもあたしよ。それをあんた方のおっさんがあんなことしたんじゃない」
 「それって、あなたの利息だったんじゃないの?」
 「そんなの、知らん」
 彼女はプイとした。
 その素振りが彼女も宮下の債務者であったことを示していた。二人分の利息を負けるようにねじ込んだとも考えられる。
 イチコは彼女に書類を渡すと追い返すように玄関を閉めた。
 
 
 
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