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始発駅

「イチコの選択」では大変お世話になりました。無事連載を終えた今、このブログで何ができるのかを考えています。のんびりお付き合い頂ければ幸いです。

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ミスキャスト(4)

 いくら急がないと言ったとはいえ、何ヶ月も平気で待たせた彼女にイチコは業を煮やした。彼女の借金整理のことを配慮する気持ちも去年の年末には少しはあったはずなのだが、宮下からいろんな事を聞かされたせいもあり、そんなものはどこかに消え去っていた。保証人が取れなければ松木裁判の判決を待って差押をしてやってもいい、とさえ思っていた。そのためには公正証書が是が非でも必要になって来る。イチコはどうあっても書かす気でいた。松木裁判もそろそろ判決が出てもよいころだった。
 宮下との約束も終了のタイムリミットまで二年をとっくに切っているのだ。
 「あのババア、どうなってるの? さっさと返して貰わないと困るぞ。オヤジと別れたらどうやって暮らして行くんだよ」
 心配する長男を連れて、ある夜遅く、前触れもなしにイチコは彼女の家に乗り込んだ。連絡の必要など最初から度外視である。過去に彼女にやられたのと同じことをしているだけだった。それでも家の前まで来ると彼女の携帯を鳴らした。
 長男を連れたのは、彼女の嘘に備えるためである。
 不二子さんはイチコが思っていた以上に煮詰っていた。息子の奨学金に手をつけているほどであった。
 イチコはたまたま一時帰省していた彼女の息子からその話を聞かされたのであるが、おろそうと思って郵便局に行ったら預金高がゼロになっていたと言う。イチコが行ったとき、ちょうどその言い争いの真っ最中だったのである。どうせどこかの返済に回したのであろうが、デリヘルの話に乗っていたら危ないところだったとイチコは思った。
 「ちゃんと返すから」
 彼女はイチコたちの前で、自分の息子にすがるように言った。
 「それで、あんた、俺の十万。おばちゃんに返す分はどうしたの?」
 「だからそれも返すって」
 座って聞いていたイチコは無性に腹が立って来た。場所はダイニングである。四人でテーブルを囲み、彼女はイチコの左隣に座っていた。
 「おまえ、なんであのとき嘘をついてまで来たの? どこがトイチだって?」
 「えっ、嘘なんか言ってないじゃない、あたし。だって利息はつけたんだからおんなじことじゃない。それにわたし、嘘なんかつかないわよ」
 真正のトイチで利子を儲けるのと利子をどこからか借りて来た金で付けるのとでは大違いである。
 「うちのに借りてただろうが?」
 「だってあんた、それは。それ言ったらあんた貸してくれてないじゃなぁい」
 「おまえ、ばかにしてんの?」
 いきなり立ち上がったイチコは右手で彼女の左頬を思い切りはつった。
 その勢いで椅子から転げ落ちそうになった彼女は、床に手を付いて体を支えた。 そして体を元に戻し、
 「気持ちは分かるけどぉ」
 と左頬をさすった。イチコはますます火がつき、
 「どこが分かるんだ、こらぁ」
 「だからメシを食わせてやった。それから」
 最後まで言わせなかった。先刻と同じところめがけてイチコは平手を飛ばしていた。
 誰も止める者がいなければ、足蹴にして踏みつけたいくらい腹が立っていた。
 メシを食わせてやったとは、宮下の金を借りてやったという意味であろう。その陰で自分から借りて長年踏み倒していたのだから、イチコが怒るのも無理はないのだが、言う口だけは減らない不二子さんである。
 止めに入ったのは彼女の息子だった。
 「ふん」
 イチコは鼻で笑うと、
 「公正証書はどうなったの? 今日はそれを聞きに来たんだけどね」
 「おかん、おばちゃん困っとるじゃねえの。ちゃんと払ってあげなきゃ」
 煙草に火を点けたばかりの彼女は小首を傾げただけである。
 「息子に言ってるから、じゃああかんで。ちゃんとしたものをくれないと」
 「おかん、そんなのあんた、俺に言っても知らないよ。自分で使ったもんは自分で払って死んでや」
 「書くんやな?」
 イチコは立ったまま彼女を見下ろして言った。
 「おう、書くわ」
 「ほんまやな?」
 「おう」
 彼女がやけにあっさり承諾したのが気になったが、息子の前で言わせたのだからとイチコは思い直した。
 弟か妹どちらかに説明をと常々考えていたイチコだったが、彼女が会わせてくれそうな気配はなかった。ちゃんと理解できているのだろうか。この一点だけがイチコの危惧するところだったのだが、不二子さんの理解力は後にイチコが裏社会から去っていくきっかけを生んだものでもあった。
 
 
 
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コメント


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奈緒さまへ

 奈緒さん、いらっしゃい。
 たしかに、いくら強力な公正証書であっても揉め事にならないという保証はないです。
 「自己破産」をもっと早い段階で検討していれば、とつくづく思いますね。
 やることなすことが不本意にも悪意に満ちた行為にしかならない。本人も自分のことながら気づいていないのだと思います。
 自分の心が歪んでいるのに、、大真面目で自分は正当だと信じている、というか。
 とにかくむなしい話、です。

 

紗羅の木 | URL | 2007年09月29日(Sat)02:19 [EDIT]

ぬこ&えふぃ様へ

 ぬこさん、コメント、ありがとうございます。以後気をつけます(笑)
 ほんとにボコにしてたたんでしまうところでした(笑)
 ふてぶてしい女性ですね。
 「火車」少しずつですが読んでいます。おっしゃるとおり、よく通じてるお話のようです。
 面白いです。ひさしぶりに読書にはまりそう(笑)

紗羅の木 | URL | 2007年09月28日(Fri)23:55 [EDIT]

むう。

たしかに、殴ってすっきりはしたかもでしょうけど。
どうなんでしょうね^^;不二子さんのことだから「脅迫して、書くことを強要された」
とか異議申し立てしそうなきもしますね・・・・。
叩いたのは事実ですから・・・・・。
このことが・・・・どうか問題になりませんように。


応援ポチット!!

奈緒 | URL | 2007年09月28日(Fri)23:12 [EDIT]

とことん腹の座った女、不二子はなんだかすごす・・
これと長年格闘するイチコもかなりのものです。
もっとガンガン食らわしてやってくださいな。

ぬこ | URL | 2007年09月28日(Fri)18:56 [EDIT]

おはぎ様へ

 おはぎさん、こんにちは。いつもありがとうございます。
 不二子、怖いです(笑) よくもまあ、これだけ悪知恵が回るもんですわ。
 なんの知識もなくてこれですから、もう出会えないくらいの逸材かも、です。
 もう少し早く食らわしておくべきだったですね。ちょっと遅かった(笑) 
 コメント、ありがとうございました。
 

紗羅の木 | URL | 2007年09月28日(Fri)14:44 [EDIT]

ながた たい様へ

 ながたさん、いつもご訪問ありがとうございます。
 やりましたね。足りないくらいです(笑)
 気分爽快になられました? それはよかったです。
 その後、いかがですか? また伺わせて頂きますので。
 コメント、ありがとうございました。

紗羅の木 | URL | 2007年09月28日(Fri)14:29 [EDIT]

なんか、イチコが不二子に一発かましたのは良いが・・
不二子の素直さが妙に気になります。
まだ・・何かたくらんで居るのか??不二子さん・・・・
怖い(;¬_¬)

おはぎ | URL | 2007年09月28日(Fri)09:32 [EDIT]

沙羅の木さんへ

やっと、イチコが不二子さんに一発かましましたね。
すっきりしました、気分爽快です(笑)。

ながた たい | URL | 2007年09月28日(Fri)06:25 [EDIT]

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