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始発駅

「イチコの選択」では大変お世話になりました。無事連載を終えた今、このブログで何ができるのかを考えています。のんびりお付き合い頂ければ幸いです。

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ミスキャスト(5)

 翌日、イチコは職場で彼女からの電話を受けた。昨夜ぶたれたことの文句でも言うかと思ったが、そうではなかった。 
 イチコが危惧していたとおり彼女は理解できてなかったのである。
 もう一枚証書を書けばイチコの債権額が増える、と言うのだ。確かに書類上は増える。
 「あんたら二人で納得して書いたんじゃないの? わたしそう思ってたのに。わたし、やっぱり書けないわ」
 「なに言ってる? 横車を押して来たのはおまえだろうが」
 「そりゃそうだけど」
 「息子はどうしたの?」
 「うん? あの子はもう送って行ったわ」
 「そう」
 息子の手前いい返事をしたか、とイチコは考えた。わざと無駄話をして電話を終らせたイチコは学校にいる長男の携帯に、今夜もう一度行く、とメールを打ち込んでおいた。
 電話ではらちが明かないと思ったのである。またこういうことは不意に行くに限る。
 「あいつ、少しイッてるって」
 その夜、イチコから事情を聞いた長男は、そうこぼしながら車に乗り込んだ。
 「だけどあのババア、大丈夫か? とんずらこいて逃げてそうだけど」
 「大丈夫。金もない者が夜出歩いたりするもんか。夜はちゃんと家に帰ってるさ」
 彼女の息子は母親が横車を押したことなど知らないはずである。おばちゃんがしてくれたのよ、くらいの言い方をしているに違いないとイチコは思っている。それなら嘘にはならないのだから。
 郊外でも不二子さんの住む公営住宅は国道沿いにあるのだが、市街地を抜けるとさすがにあたりの喧騒も変わって来る。街路樹も葉を繁らせる季節を迎え、夜の国道は薄暗く感じられた。目印のコンビニを過ぎると反対側の自販機の角を曲がり、真っ直ぐ走って左折すればすぐのところが彼女の住居だった。
 夜でもネオンや広告塔のおかげで明るいところに住んでいるイチコにとっては、同じタイプのものが並んでいる公営住宅街は何度来ても慣れないところのひとつだった。目印がないと目的地に着ける気がしない。
 彼女の車はいつもの位置で外灯に照らされて鈍い光沢を放っていた。
 イチコは昨夜と同じように携帯を鳴らした。
 「来てるから開けてくれる?」
 返事は待たずに切る。駐車したところから玄関まで五メートルほどのものだった。半分も行かないうちに彼女が飛び出して来た。イチコは立ち会うのを避けるため、彼女の横を足早にすり抜け、先に玄関に立った。
 「あんた、今朝息子を送って行ったばかりだから散らかってるのよ」
 追って来た彼女は観念したのかのように、玄関のドアを開けた。
 「で、何が増えるの?」 
 イチコは図々しく先にダイニングに入り、昨夜の椅子に腰を下ろした。
 「だって今千五百のがあるのにわたしが九百書いたら増えるじゃない。それだったらわたし、書く必要ないじゃない。三百してくれないのに、増えるのを書いてたらあたし、何してるのか分からないじゃない」
 「二人で払って来てて千二百になったら、今あるのを譲るって言ったんだよ。金はいずれ戻って来るだろうが。どうなの、理解できてる?」
 「うん、分かる」 
 「こっちも早く回収しないと金のいることがあるから言ってるのよ。田舎の土塀が崩れたんだ。あれを二年後くらいにはブロック塀に替えたい」
 嘘ではないが、方便に近い。生前、父親がさせたブロック塀では家の敷地の半分しかカバーできていないのである。そのとき残された半分の土塀の一部が数年前の台風で崩れかけている。
 「長い塀だから金額が張る」
 「あんた、そんな大きい金がいるんだったらさ、銀行で借りて保証人にアサをつけて、それであれに追わせたらいいじゃない。大工は、あたしが知ってる人がいるからその人頼んであげるし」
 「あほ。そんなことを言う前におまえが借りて来い」 
 「あたし、ブラックなんだって」
 嘘つけ、と思ったがイチコは言わなかった。
 彼女はブラックではない。カードで買物をしたという話を聞いたのがつい最近であったことをイチコは記憶していた。
 「大工は出入りのがいるからいい。それよりどうなの、わたしの言ってることが理解できた?」
 「うん、それは分かった。あの子にはわたしからよく言っとく」
 「は? なにを、言うの?」
 おかしなことを言うと思ったが、彼女はもっと奇妙なことを言った。
 「あんた、二人で共同で払って来いって言うことでしょ? だったらよく言っとかないと。だってあの子、あたしにあの金返せって言うのよ」
 あの金? 何をよく言っとくのか気になったが、これ以上いるとまた知らないトラブルが転がり出てきそうだった。
 「で、先生のところに行って頼んでもいいね?」
 「うん、頼んで」
 彼女の返事は今度こそはっきりしていたが、聞き返さなかったトラブルの匂いをイチコが気にしないわけなかった。ここで聞いて面倒なことになるのが嫌だったのだ。
 「とりあえず、帰るから」
 イチコが玄関で靴を履いていると、
 「あんた、最近なんか怒ってるみたいだけど、今までどおり付き合って行こうよ。あの子が最近また生意気なのよ」
 背中から不二子さんが声を掛けた。
 「わたしに近寄るな」
 思わずぞっとしたイチコは冷たく言い放ったが、嫌な予感は拭えなかった。
 
 
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コメント


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奈緒さまへ

 何か魂胆を思いついた感じですね。
 そのためにイチコを引き寄せておきたいという発想がみえみえですが、いつも何を考えているのかわからないから、変なことになるのです。
 普通の方はいくら鈍くても、はつられたら引いてしまうでしょうね(笑)
 長く生きてますが、私もこういう女性にお目にかかるのは初めてです(笑)
 応援ありがとうございます。

紗羅の木 | URL | 2007年09月30日(Sun)02:11 [EDIT]

語尾

最近、結構というか、かなりきつい言葉でイチコは突き放してますけど、
よく不二子さんは「今までどおり付き合って行こうよ」などと言えるもんだな~と思います。
私だったら、そういわれたら二度とその人の前には現れないですw(アイアム小心者)
まあ、不二子さんは、イチコさん以外頼るところが無いからなんでしょうけど(お金のことやもろもろ)
兄弟ともなんだかあんまり良い仲ではなさそうですし。
こういう風に頼られるのは・・・・私は願い下げたいですけどねw

イチコ同情応援ポチリ

奈緒 | URL | 2007年09月29日(Sat)23:01 [EDIT]

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