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始発駅

「イチコの選択」では大変お世話になりました。無事連載を終えた今、このブログで何ができるのかを考えています。のんびりお付き合い頂ければ幸いです。

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ミスキャスト(8)

 一週間後の夜、いつもとは違うファミレスの一番奥の席でイチコは、浅見を待っていた。
 約束の時間である十二時より少し早かったので、煙草に火を点けて吸っていたが、時間が近づくにつれイチコは緊張した。浅見からどんな話が出るか分からないのだ。もしかしたらすでに不正に気づいているかもしれない。そう思った矢先、入口に浅見が現れた。
 「すんません、遅くなりました。明日が休みなものですから、片づけに手間取りまして」
 そう言いながら浅見は腰を下ろした。卓上の携帯の窓は日付が変わって十二時を回っていた。
 「何か持って来ましょうか?」
 イチコが立ち上がってドリンクバーに行こうとすると、
 「僕も行きます」
 浅見がついて来た。
 浅見はファミレスではいつもココアである。イチコもこの日は体が甘いものを欲していたので、それに習った。
 「お腹空いてるでしょ、何か頼んだら?」
 浅見が席に着いたのを見計らうとウエイトレスにメニューを持って来させた。浅見は不二子さんが言っていたように大きいものを頼むかと思いきや、
 「じゃあ、あんみつで」
 とあっさりメニューを閉じて返した。
 「そんなのでいいの?」
 「はい、もうこれで」
 浅見は少し腰を浮かすと、ズボンの後ろポケットからハンカチを取り出した。その仕草を見たイチコは、
 「おしぼりを持って来て」
 とウエイトレスに頼んだ。
 浅見は緊張すると掌がぎらつくほど汗を掻く男なのである。公正証書の作成で先生の前に二人揃って座っていたとき、イチコはそれを知った。先生から約定の説明を受けて署名捺印を終えるまでの間中、浅見は持参のハンドタオルでしきりに手を拭っていたのである。
 まもなく届けられたおしぼりで掌を拭う浅見を眺めていたイチコは、先刻までの緊張が解き放たれて行くのを感じていた。追い込まれると腹が座って来るもう一人の自分がいた。
 「このあいだの話を聞かせてもらいましょうか」
 あんみつが運ばれて来ると同時にイチコは切り出した。浅見は一瞬困惑の表情を浮かべたが、
 「いいですよ。たいした話ではありませんが」
 そう前置きをすると話し始めた。
 「宮下さん、酒井という男、ご存知ですか?」
 イチコは覚えがなかったので知らないと答える。
 「そうですか。保険の代理店をしている男なんですが、彼は親の負債を抱えてまして。もともとはママの知り合いです。僕もお付き合いはさせて頂いてますが。それで彼がどうしても今月は支払いがきついから貸してくれないかと。で、あんたも貸してやりいなって事で、去年ですか、ママと僕とで百万用立てたんです。僕は三十五万ですけど、今の僕にとっては大金です」
 「それが返って来なかったってこと?」
 「ええ、そうです。そりゃ確かに僕は過去ママにお世話になりましたよ。でもそれとこれは別でしょ?」
 浅見は話しているうちに熱くなって来たようである。
 「ちゃんと話して。酒井とかって男はどうしたの?」
 「すみません。それで酒井さんは一度に払えなくてママのを先に返済したんですよ。ママがあたし急ぐんだとか言ってたんで。で、僕のは少し遅れたんですけど、酒井さんはママに預けたらしんです。で、ママから電話が掛かっては来ました。あんた、あれちょっと使わせてと言うもんですから、じゃあ今度の車検のときまでには返してよと僕は言ったんです」
 「去年のいつ?」
 「公正証書よりはあとですね。で、最近になって車検が近づいて来たんで返してくれって言ったんですよ。そしたら、あんたあれ要るの?って言われました。要るから言ってるんだと僕も怒ったんですよ。そしたら、借りて返すからあんた保証人になりなさいって。自分の金を返してもらうのに保証人になるんですか。そんなバカな話はないでしょ」
 イチコは思わず溜息をついた。裏切られたと浅見が言うのも頷ける。
 「借りるって、どこで借りるのよ?」
 宮下の関係なら貸すところはないはずである。怒声一点張りの電話とはいえ、イチコは宮下から最近そんな話を聞いたばかりだったのである。不二子さんには貸さないようにと切符を回したらしきことを宮下は言っていた。
 「反目のところでしょ、そんなことを言ってました」
 浅見が答える。
 「月一?」
 「そうです。で、いつ返してくれるんだって訊いたら、松木のが取れたら払うって。そんな当てにならないもの、こっちも困るじゃないですか。そう言って怒ったら、あたしあんたの金利を未だに払ってるのよって言われました。でも違法な金利でしょ」
 これでは浅見が彼女に対して生意気になるはずである。
 「その金はもう返って来ることはないよ」
 イチコははっきり断言した。
 イチコには彼女が浅見の懐を狙っていたとしか思えなかった。公正証書など書かなくても浅見から搾り取ればいい、というのが彼女の目論みのようだ。そのために自分を抱き込もうとしているのか。
 しかしいくら浅見とはいえ、これはただでは済まない。このうえ公正証書のからくりを知ったら収拾がつかなくなるだろう。
 「まあ、それを先に食べて片付けたら?」
 浅見にそう促したイチコだが、実は少しでも考える時間が欲しかった。
 
 

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コメント


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れむ様へ

 れむさん、初めまして。
 ご訪問とコメント、ありがとうございます。
 初めての方に過分なご心配を頂き、大変うれしく思います。
 おっしゃられるとおりに、しばらくは置かせていただこうと思っております。もう一人約束した人がおりますので・・・・・。その彼が読み終わるまでは、このままになると思います。いまは、完結できるかどうかで日々の更新に苦戦しておりますが、置いておくからには完結が目標です。最後まで読んでいただければ幸いです。
 完結まで全力を尽くしたいと思います。
 本日はありがとうございました。
 

紗羅の木 | URL | 2007年10月03日(Wed)02:30 [EDIT]

奈緒さまへ

 奈緒さん、こんばんは。
 みんなを落としていく、運命共同体です(笑)
 人間行き詰まってもやっていこうとすると、こうなるんでしょうね。こうなると、いくら話し合っても理解してもらえない段階ですね。
 お金に関する考え方がみっちり学べそうです。尋常な考えではありませんが。

紗羅の木 | URL | 2007年10月03日(Wed)02:10 [EDIT]

初めまして

初めまして、れむと申します。
偶然、このブログにたどり着き、先日から毎日少しずつ読ませて頂いています。
まだまだ途中なのですが、ブログを閉じるかも?と書いてあったので、心配になってコメントを書かせて頂きました。
一度読み始めると、ぐっとストーリーに入り込める魅力的な作品だと思います。
最後まで読みたいので、今暫く、ブログはそのままにしておいて頂けないでしょうか?
初めてお邪魔して、勝手な事を言って申し訳ありません。
今「試練」の章が終わった所です。

れむ | URL | 2007年10月03日(Wed)00:54 [EDIT]

これは。

イチコは公正証書のからくりを浅見にいづれするつもりなのでしょうか・・・・。
不二子が話した二重取りの件もまだ浅見は、答えを聞きたがるだろうし・・・・・。
なんだか不二子は自分が堕ちていく時にみんなを引きずって一緒に落として行きそうなので、今のうちに完全に浅見を取り込んでおかないと・・・・。
みんなでずるずる行ってしまいそう。

応援ぽちり。

奈緒 | URL | 2007年10月02日(Tue)20:48 [EDIT]

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