始発駅

「イチコの選択」では大変お世話になりました。無事連載を終えた今、このブログで何ができるのかを考えています。のんびりお付き合い頂ければ幸いです。

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ミスキャスト(9)

 浅見は本当に甘党のようである。いつだったか、女子高生がオーダーしそうなチョコレートパフェを食べていたところにイチコは出くわしたことがある。店長とはいえ、飲食店のそれは肉体労働である。仕事の後は甘いものが欲しくなるのかもしれない。
 「悪いけど、この話は聞かなかったことにさせて」
 浅見が食べ終わったところで、イチコは言った。
 浅見の話を自分が不二子さんに取り次げば事を大きくするだけだ、と思ったのだ。法律用語に双方代理ということばがあるのだが、弁護士などの職についている者がこれを行うことは禁止されている。二人の間に立つ格好になるイチコは、それを自分への戒めとしたのである。黙っていてもいずれ不二子さんの方から何か言ってくるのは目に見えているのだから、なおさらであった。できれば公平に処置したい、やはりイチコはそう思っていた。
 「僕も宮下さんに迷惑をかけるつもりはないです。公正証書の条件にしてもよくして頂いてると思ってますんで。あんな条件、ないですもん。そのおかげで車検は何とか凌げましたから。年式が古いんで結構余分な費用がかかりましたが」
 甘いものを食したためか、あるいは腹の立つ話を吐き出してしまったからなのか、浅見は彼本来の落ち着きを取り戻したように見えた。
 「それはよかった」
 イチコは車検の費用が出たことにほっとした。出てなければまた彼女を叱り飛ばさなければならなくなる。
 「ですが、僕はママにもう恩義は感じてません」
 今度は浅見がはっきり言い切った。
 イチコははじかれたように浅見を見つめた。
 「あのひとは信じられない。二重取りって何ですか。宮下さんなら絶対にご存知ですよね。あのひとも一千万ほど借金があるってあのとき言ってましたよね。ほんとはいくらあるんですか」
 やはり気づいたのか、とイチコは思った。
 「そんなことを訊いてどうする?」
 「すみません。僕の言い方が悪かったです。最初からお話します。そもそも公正証書が上がって来たときは、松木のが取れたらいっしょに払って行ってあげるからと言ってたんです、ママが。まあ、こんなことを言えば僕もそれに甘えてたことになりますが。でもこの間のお話で、二枚同じものを書けと宮下さんが本当におっしゃったとしても、僕は、あの人のことだから適当なところでストップをかけてくれるんじゃないの、ともママには言ったんです、実は。それでも二重取りだと。おまけにわたしの取り分が三百って。実は、今日は遅くなってもそれをお伺いしようと思って、休み前にお願いしたのもそのためです」
 ヒントの材料は出揃っている。裏切ると浅見が言ったのにはこんな裏があったのだ。イチコは苦笑するしかなかった。軽く数度頷いたイチコは、
 「ママの債務は九百さ。帰って公正証書をよくみてみるといい。それで計算は合うはずだから」
 イチコが持っているものが正本であり浅見はその副本を持っている。
 「おれ・・・・」 
 浅見は目を見張った。
 「いいよ、これですっきりしたから。先生を悪く思わないでね。ママとは今もめてる。やはりあのババアに公正証書を書かせて、それで判決の差押をするしかないね。必ず早めに自由にしてあげるから」
 ここまで浅見に知れた以上、残りを彼女に回すことはできない。ではどうするかがこれからの問題になって来る。明日は不二子さんに連絡を取る必要があるな、とイチコは考えた。
 「俺、ママにはずっと言ってたんです。債権譲渡もされてないのにって。じゃあ、宮下さんが俺の借金を立て替えてくれたというのも・・・・。そりゃそうですよね。そんな千二百万も知らない男のためになんか。おかしいとは思ってました。あの人は、いや、金は腐るほど持ってる人だし、あたしとは昔から信頼関係があるんだとか言ってましたけど。あんたが知らない移転前の店にはよく来てもらってたんだって。まさか全部嘘だったんですか」
 「全部ではないよ。何度かは飲みに行ってる。両手を超えることはないけどね」
 「宮下さん、あの、ご主人のことですが、ご主人ともよく行き来しているというのは?」
 「それはどうかな? 二人の言い分には昔からかなりの食い違いがあるんだけど。はっきりとは分からない」
 「俺、なんか、きれいに騙されてたんですね」
 丸ごと嘘ではないのだから、きれいにとは言えないかもしれない。が、これ以上彼女のために弁解してやる必要を感じなかったイチコは、
 「できればもっと早く会いたかったけど?」
 そう言うと、伝票を取り上げていた。
 

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コメント


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奈緒さまへ

 奈緒さん、いらっしゃい。
 返済義務のないものは、普通ならばイチコが債務免除することで簡単に片が付きます。公証人役場で確定日付をもらう必要はありますが。
 その前に問題の不二子さんを口説かなければなりません。手強いです(笑)
 いつも応援ありがとうございます。
 

紗羅の木 | URL | 2007年10月04日(Thu)01:26 [EDIT]

うん

これでよかったんだと思います。
イチコの心は少しは軽くなったんではないでしょうか。
嘘をついているという後ろめたさがあったでしょうから。
あとは浅見の返済義務がないお金(つまり10年を超えた物)は今後どうなるのか・・・・。
公正証書があるわけだから払わないといけないのか・・・・。それとも不服申し立てのようなことが出来て解消できるのか。

疑問は積もりますが。この辺で。
ポチット!!

奈緒 | URL | 2007年10月03日(Wed)21:57 [EDIT]

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