始発駅

「イチコの選択」では大変お世話になりました。無事連載を終えた今、このブログで何ができるのかを考えています。のんびりお付き合い頂ければ幸いです。

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ミスキャスト(10)

 「今夜会ったことはママには言わないでおいて」
 精算を終えて駐車場で別れるとき、イチコは浅見にそう念を押した。
 「あ、大丈夫です」
 「何かあったら連絡を入れるから」
 不二子さんに連絡を入れてからの話になるが、必ず何かあるのは目に見えていた。そうなると浅見の協力が必要不可欠になってくる。
 家に帰ると長男が起きて待っていた。
 「どうだった、浅見さん?」
 「ん? やっぱりしっかり分かってたよ。あの男はバカじゃない」
 あの男のことだから、九百という数字を聞いただけで全貌が見えたはずである。浅見の詰問にあっさり答えたときには、イチコの中でこの問題はすでに銭金の域を超えていたのかもしれない。
 「じゃ、全部言ったんだ?」
 「うん、全部言った」
 イチコはそのまま背中から寝具に倒れこんだ。宮下が考え事をするとき、こうして天井を睨んでよく独り言を言っていたのを思い出す。イチコは自分が取立ての厳しさに直面していることを感じていた。
 実際、不良債務者相手の取立ては困難を極める。彼らはたとえ払う気があったとしても払えないのだから、嘘ばかりついて生きているのだ。それが真っ赤な嘘なら見分けも付くが、不二子さんがつくような一ひねりした嘘になると、長年付き合った者でもうっかり信用してしまう。今回のイチコと浅見のように、本人抜きで話をしてみることにより初めておかしいところが見えて来るのだ。
 嘘をつくことは長い借金生活の労苦で身に染み付いた習性のようなものである。おそらく当の本人にも自覚はないに違いない。
 「オメエ、そのまま寝るなよ。エアコン、切れよ」
 気が付くと長男が頭上から見下ろしていた。
 去年の暮れに言い出した話が未だ片付けられることなく、夏を迎えたのである。こうもたついてはかなわない、とイチコは思いながら、
 「就活どう?」
 大事なことを思い出したように訊く。
 「ああ、うん。今度は手応えありそうだ。通知を貰うまで分かんねえけど」
 「そう。何社目だっけ?」
 「人数合わせも入れるとだいぶ行ったぞ。八社か、そんなもんだ。もっと行ってる奴もいるからマシな方かな」
 「あんたが片付いたら荷がひとつ減るわけだ」
 減りはしないが気は楽になる。
 「おっ、そうだ。今度飲み会があるんだ。メンツもいいし行こうかな」
 「ああ。行け行け、いい練習になる。五千円もあったら足りるでしょ?」
 イチコはいつものように即答した。
 十月あたりからの早期出社でも命じられたなら、酒席は一番の難関である。
 長男の学校は専門だからいろんな年齢層がいる。その中でも二十歳を超えた連中が音頭を取って飲み会をすることも珍しくないのだ。長男はあと少し未成年だが、メンバーがいいとたいてい参加するので、よく声を掛けられるのである。その代わりメンバーの頭は最後まで面倒を見ることが義務である。我が家に出入りする連中が多いので、イチコは黙認済みであった。
 「うん。じゃあ行くわ」
 それだけ言うと長男は自室に行きかけた。イチコはその背中を追いかけるように、
 「なんだ、それを言いに来たか?」
 「いいやぁ」
 「うそつけ。まあ、いまのうちに遊んどけ」
 イチコは笑って言ったが、時間がないことを痛感していた。長男がそれを思っていることも分かっていた。
 あんな爆弾のような女はもうごめんだ、とイチコは思っている。
 あとどれだけ揉めたら終るのか。何をするにしても不二子さんのところでもたついて話を引っ張られることだけは覚悟しなければならなかった。
 
 早めに夕食を切り上げたイチコはキッチンの隅っこに座り込んで携帯を握っていた。
 最初の一言が肝心である。
 不二子さんのナンバーを呼び出したイチコは、送信ボタンを押すと携帯を耳に当てた。彼女の「はい」という応答と同時に、
 「元気? このあいだのお返事を聞かせていただこうかな?」
 皮肉たっぷりに突っ込んだ。
 「あんたぁ」
 彼女はいきなり噛み付くように叫び、
 「あの子も認めたわよ、あれは二重取りだって。あたし、こっちでもみんなに聞いてみたんだから。こっちの近所にね、警察関係の人がいるのよ。それって犯罪よ、あんた」
 イチコは少しだけ驚いた。しかしそれは警察という単語まで使うとは思わなかっただけであり、彼女の口から浅見が言ったという事実を聞きたかったので内心はほくそえんでいた。
 「なんだって? 今何て言った? おまえ、浅見にどんな説明したんだ、こらぁ。ええっ?」
 イチコはめったに使わない怒鳴り声で凄んでみせた。
 



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コメント


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ぬこ&えふぃ様へ

 ぬこさん、こんばんは。
 意味のある泥棒、そうなりたいものです。
 それにしても、ぬこさん、うまいことをおっしゃる(笑)
 最近、苦しんでます。混み入ってくるほど、出だしを悩みますね。どうやって引っ張ろうか、なんて考えます。この産みの苦しみが物書き同志通じ合える要因なのかも、と思ってます。いつもありがとうございます。
 ダンボールの家、完結頑張って下さい。応援してます。ここが終っても応援には行かせて頂きますので。やっぱり最後まで読みたいです(笑)
 

紗羅の木 | URL | 2007年10月05日(Fri)04:07 [EDIT]

奈緒さまへ

 奈緒さん、いらっしゃい。
 もう他人のような気がしないです、奈緒さんは(笑)
 気が付くと宮下そっくりのやり口で怒鳴ってますね、この場面。 
 しかし、更新が苦しい。詰めまであと一歩なのですが、とりあえずそこを目標に頑張ります。いつもありがとうございます。奈緒さんも頑張れ!
 

紗羅の木 | URL | 2007年10月05日(Fri)03:46 [EDIT]

「意味のある泥棒」

信用を前借する裏切り前提の踏み倒し屋はたちが悪いが、よく考えると、自分も信用を前借してることがままにあるので、不二子の図式はある意味ですごくわかりやすい。
とりあえず、小説を書くのも、終わらせる事を前提に読者の時間を割いてもらっているという感じなので、完結しないままで終わるのも「時間泥棒」と呼べるのかもしれない。
 
小説ってかなり「時間泥棒」が多いわけだけど、面白く読み続ける本というのは、作者にとって読者にできる最大の返礼の仕方なのかなと、ふと思った。

N&E | URL | 2007年10月04日(Thu)22:22 [EDIT]

うそ

不二子さん、出だしから嘘ですねw
しかもストレート。
こうも思い切りがいいと、こちらは目に物見せてくれる!!って思っちゃいますよねw
次回のイチコの攻撃に期待^^
隠し玉の"浅見の話”もありますしね^^

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奈緒 | URL | 2007年10月04日(Thu)22:10 [EDIT]

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