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始発駅

「イチコの選択」では大変お世話になりました。無事連載を終えた今、このブログで何ができるのかを考えています。のんびりお付き合い頂ければ幸いです。

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ミスキャスト(11)

 イチコの罵声は芝居である。宮下のそばで何年かいっしょに暮らしていたために見様見真似で身についたものなのだが、好きではないので普段は使わない。だが、今はこれを使わなければおとなしく引き下がるような相手ではないと見た。 
 「な、なにがぁ? わたし、何も言わないわよ」
 イチコの狙い通り不二子さんの声は動揺していた。 
 「何やて? 何も言わないものが、なぜ二重取りなんて言われる? 九百は元からあるおまえの債務なのにどこが二重取りなんだ?」 
 「だって、あんた増えるじゃない」
  またこれか、とイチコはうんざりした。足し算しかできないのか、と呆れてもいる。 
 「おかしなことばかり言ってると浅見が勘付くぞ。他には? 他に何を言ったんだ、よく思い出せ」 
 再びきつく叱るように言う。しどろもどろし始めた不二子さんは、やがて、ぽそっと言った。 
 「あたしの取り分もその中に入っているんだって。三百って」
 「この、ばか。おまえ、そこまで喋ったら決定的だな。責任とってもらいましょうか。あなた、端から騙して来て最後にこれじゃあ、あたしゃ承知出来ないで。えっ、責任取ってあなたにも書いて頂こうか」
 「だって、おんなじものを書いたら二重取りじゃない、あんたぁ」
 今度は甘えるように言った。根のいる話である。
 「なんで同じものなんだ? 種類が違うだろうが」
 「そんな、そんな、種類が違うなんて知らないじゃない、わたし。そんなの言ってくれないと分からないじゃない」
 彼女の声はついに半泣きになった。三百にこだわった結果がやっと見えたようである。
 イチコはすぐには信じられなかった。あれだけ借用証書や手形を持っていた人間が、そんなことも理解できないとはとうてい考えられない話である。
 「おまえ、金の計算ばかりしてるから、人が言ってる大切なことを抜かすんだ」
 日々金の工面に追われるとまるでそれがメインの仕事のようになり、足し算と引き算で世渡りをするようになる。不良債務者の典型的な例であるが、彼女がイチコの話を理解できないでいる原因は、このあたりにもあるようである。
 「浅見にいつ飛ばれるか分かったもんじゃない。こんな危ない債権はいらないよ。もう書類は上がってるはずだから、あなたが書けばいいだけだ。明日、先生のところに取りに行って来る。で、あなた保証人はどうなったの?」
 「保証人は、わたし、なしにして?」
 「いいだろう、じゃあそれで」
 「見本、ファックスで送ってよ」
 彼女は神妙な口調で言った。
 しかし、どこまでが本心かは分からない。
 彼女の気が変わらないうちに先生に頼まなければならない。先生のところなら朝一に頼めば夕方には上がって来る確信があったので、イチコは嘘をついたことなど、屁とも思わなかった。
 保証人もどうせ判決を差し押さえるのなら、いてもいなくても同じだった。
 「ところで、借金は全部書き出してみたの? 年末に言ってあったでしょ?」
 保証人でふっと思い出したので訊いてみる。満足できる答えを期待しているわけではなかった。それでもひょっとして、とは思った。
 「うん、書いたわよ」
 「そう、いくらあったの?」
 「そんなこと、なんであんたに言わなきゃならないのよ」
 彼女はむくれたようである。
 「いや、もういい」
 いらぬことを訊いた、とイチコは後悔した。不愉快になっただけだった。
 おそらく、現金でなくても何かの形で補ったり、同級生のものや浅見のものなどは勘定に入れていないであろう。それが彼女の言外に出ていた。
 「また連絡するわ」
 イチコはそう言うと携帯を切った。
 借金地獄も誰かに相談するところから解決されてゆくのだが、その返済計画には将来必ず要ることが分かっている大きな金も勘定に入れておかなければならない。そのつもりでイチコは去年の暮れ、彼女に唯一の助言をしたのだった。
 しかし、息子の学資金に手を付けておきながら、それが勘定に入っているかどうかも怪しいものである。少しは彼女の口からそんな話が出るかとイチコは期待していたのだ。
 イチコの助言の真意が届いていないということは、彼女にそれだけのゆとりが全然ないということである。
 この歯車はやはり止まることはない、イチコはそう感じた。いよいよ地獄の底が見えて来そうな気配である。 
 
 浅見が磨くべき債務は三百だけになってしまったのだが、残り一千二百の処置をどうするかでイチコは悩んでいた。債務免除で先生に書類を作成してもらえばよいわけだが、そのタイミングを考えていたのである。
 いきなりすれば、自身が介入して作らせた公正証書であるだけに、彼女が噛み付いて来るのは必至である。来ても強攻策で行く腹でいたのだが、翌日イチコの話を聞いた先生は、首を縦には振らなかった。
 松木裁判の話を終え、「差押をして欲しい」と言ったイチコのことばに殺気立っていた事務所内で、唯一先生だけは落ち着いていたのである。
 「イチコさん、その被告であり今回のあなたの債務者でもあるその人のことなんだが、もしかしていつかの元気のいい、あなたに連いて来ていた、あのおばさんか?」
 話を聞き終えた先生が言ったことばである。ええ、とイチコが頷くと、
 「あのとき、たくさんの手形を持っておった。わしが見たのは全部賞味期限が切れとったぞ」
 先生はよく覚えていた。
 「差押をするためには、まず債務者に債務不履行になってもらわなければいかん。いいか、それは分かるな? 差押をしたからと言って執れるとは限らん。これも知ってるな? ならイチコさん、急いてはいかん。債務の免除なんぞいつでもできる。まずあのおばさんの証書を作ることが先決だ。あなたが泣くようなことがあってはならん」
 イチコは先生の言っていることが自分のための正攻法だと納得した。
 
 
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コメント


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銀河系一郎様へ

 銀河さん、こんばんは。
 いや、言いかねませんな、不二子。と思いました。
 借金癖がつくと、こういう人間になるんですよね。これで本当に頭が切れれば一流の詐欺師ですよ、ホント。不二子の息子があわれです。
 いつもありがとうございます。
 
 

紗羅の木 | URL | 2007年10月16日(Tue)01:16 [EDIT]

不二子さんに、二発かましたところはスカッとしました(笑)
借金のために嘘をつくのが巧みになるって表現はえらく響きました。
それでもイチコは他の借金全部書き出しとけと、優しいな。

誰かに入れ知恵されて、自己破産されると大変ですね。
でも不二子は「自己破産したら借金できないじゃない」と反論しそうですが(まさかな 笑)

銀河系一朗 | URL | 2007年10月15日(Mon)23:08 [EDIT]

奈緒さまへ

 松木裁判の判決が一番狙い目ですが、奈緒さんのこのコメのおかげで、くわしく書く必要があることに気づきました。公正証書という「債務名義」で判決を差し押さえた場合、松木が支払う相手はイチコになります。
 だだ、いくらかでも松木から支払ってもらえる判決が出るのは分かっていても、どのくらいの額を不二子に支払えということになるのかが、難しいところです。
 訴訟額が大きい上に長年の間放置していたという事実が、判決に影響するようです。というより、松木の弁護士はそこを突いて来ますので。高額な支払い判決は望めそうにないですね。
 自己破産されても、取るものはなんにもないので狙えないですよ。法人なら考えますが。整理屋でも行かせます(ジョーダン)
 とにかく、今夜は助かりました。ありがとうございました。

 

紗羅の木 | URL | 2007年10月06日(Sat)04:14 [EDIT]

結局

結局イチコが始めに望んでいた形に戻りますね。
ただ問題は不二子に支払い能力があるのかないのか・・・・・。
差し押さえる物があるのかないのか。
特に他からも借りていて、債務があまりにも多大だと、この場合自己破産は出来るケースかとおもいますので・・・・・・。
ああ。そのための差し押さえの執行をイチコは望んでいるのかしら・・・・・。

なんにせよ・・・・・。全額は返ってきそうにないですね・・・・。

私も最近は更新にかなりの時間がかかってしまうようになって・・・・・・。
毎日更新が・・・・・危うい(笑)
が・・・・・・がんばります。

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奈緒 | URL | 2007年10月05日(Fri)22:11 [EDIT]

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