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始発駅

「イチコの選択」では大変お世話になりました。無事連載を終えた今、このブログで何ができるのかを考えています。のんびりお付き合い頂ければ幸いです。

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ミスキャスト(12)

 債務者を債務不履行に陥れるとはいっても、犯罪を犯すわけではない。あくまで公正証書という書類上で戦うのである。例えば月々の支払いを少しきつめに設定してみる。そして強制執行の約定として、続けて何回遅滞すればという債務不履行の許容条件を入れる。そんなものである。要するにこれだけの準備をして不履行になってくれるのをひたすら願って待つのだ。
 「十万くらいにしとけばすぐだぞ」
 先生は面白がったが、そんなことを不二子さんが承知するわけなかった。結局五万に落ち着いた。不履行の回数は、浅見の場合三回になっているのだが、
 「じゃあここが二だ」
 これにはイチコも文句がなかった。
 「特約はどうする? どうせ差押えるのに使うだけだから、今回は付けずに行くか?」
 特約によく使う文面に、何回まで元利金を欠かすことなく納めたら以後は債務免除というのがある。これも浅見との証書には入れてある。利息まで納められないのは分かっていて付けた特約だからお遊びのようなものだが、これが「アメ」の役割となり、債務者はそれならと判もつけば、月々の支払いにもいそしんでくれることになるのだ。
 これは必要ないであろう、とイチコも思った。負けてやるというのがすでに癪に障るのだ。
 「何かぐずればそのときに」
 「よし、じゃあこれをコピーして終わりだ、広沢くん」
 先生は広沢という助手に書き終えたものを手渡した。
 委任状はすぐしてあげるから待っていなさい、そう言われたのでイチコはいつもの席で待っていたのであるが、先生は会話をしながら仕上げてしまったのである。
 「先生、給料も差押えたいんですが?」
 イチコのことばにコピーを済ませて戻って来た助手の広沢が肯定の反応を目で示した。広沢は差押に出向いたりする債権処理の担当なのである。口数が少なく、目でものを言うような男だった。
 差押と聞いて殺気立つのは債務者と一触即発の勝負になるからである。以前、預金口座の差押依頼を受けて行ったはいいが、すでに口座はカラだった、と言うのを聞いたことがある。
 押えられるものから押えて行かなければ取れるものも取れなくなる。
 「ふむ、訴訟額も大き過ぎるからな、どんな判決になるか分からん。給料なら差押額に制限はあるが、いつでも行けるな。先にそっちをする方がいいかもしれんな」
 不二子さんの求償権による請求額が大きいことと、長年松木に対して何もしないで来たことが判決に響く可能性は高い。この判決でいくらか彼女が取れるのは予想されるが、高額なものは無理かもしれないのだ。
 また、松木の財産はそのほとんどが他人名義である。松木に支払い義務のある判決が下りたとしても、松木の財産として認められるのはおそらく給与だけであろうから、月賦払いになる。
 判決を差押えると松木はイチコの第三債務者となり、法的に不二子さんへの弁済は禁止されるのだが、彼の給与が低ければ足らずを彼女の給与で補うしかないのだ。ならば判決を待つより先に彼女の給与を差し押えておくか、ということになる。
 差押え額は一般的には給与額の四分の一までである。
 以前不二子さんの給与をカード会社が差押えていたことがあるのだが、それはもうとっくに終っているはずだった。また現在の彼女の借入先が一般人ならば、イチコと同様にまともな借用証書もないはずである。借用証書がなければ手も足も出ない。ここで浅見にばらしたというミスにつけこんで公正証書を書かせれば、イチコが一番優位に立てる状況である。イチコに叱られてその気になっている今が絶好のチャンスなのだ。
 「なんで今まで自己破産をしないで来たのか、わたしは不思議なんですけどね」
 松木の訴訟以来、イチコはそう思って来た。先日ファミレスで浅見にも聞いたのであるが、彼が言うには、
 「なんか、ママのプライドですかね。僕はこれからも絶対しないと思いますよ、あのひとは」
 「ふむ、わしもそう思うな。なかにはそういう人間がいるんだ」
 先生の答えも似たようなものである。その彼女の偏った意地のために多大な迷惑を被ってきたわけだが、今はそれをありがたいと思うべきであった。自己破産をしないということは、書きさえすれば支払って来るということである。
 「ところで浅見くんはどうだ、ちゃんと払って来とるか?」
 「ええ、五万ずつですけど。今のところ大丈夫です」
 「そうか、それならいい。とにかくおばさんをここに連れて来なさい。二人から回収すれば、あなたも少しでも早く終る。おばさんの費用は十万もかからんと思うが。安くするからと伝えなさい。それから、金は悪いが先に預らせてくれと。いいな?」
 安くするからとは先生の方便で、実際には「消費貸借契約」と「準消費貸借契約」の違いである。「準」の方が公証人役場に支払う手数料が一万円くらい安い。
 「どちらでも内容に違いはないさ」
 と先生は笑う。
 だからこの先生はいつも「準」を使うのだ。
 事務所の名称が印刷された封筒を事務員が渡してくれたので、イチコは仕上がったばかりの書類をそれに納めて立ち上がった。
 これを無事にやり遂げれば全てが片付き、彼女と会わなくても回収が可能になるのだ。浅見の債務免除はかなり先になりそうではあるが、順調に事が運べばしてやれるのである。
 この日、イチコは二重取りや取り分で揉めたことを最後まで先生には言わなかった。好意でしてくれたものを今更揉めたとはとても言えなかったのである。先生の方もイチコが早く回収したいために証書を作成するのだと思っている様子である。出来れば、言わずに済ませたいとイチコは思っている。
 「近いうちに必ず連れて来ます」
 イチコがそう言うと、先生は大きく頷いた。


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コメント


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奈緒さまへ

 奈緒さん、いらっしゃい。
 とんでもないです、邪魔だなんて。とても助かってます。書き手は分かってても、読み手には伝わらないことが多々あると思うのですが、こちらはどこが分かりにくいのかも分からない。
 指摘して頂けるのはありがたいです。コメントがヒントになること多々あり、です。
 デリヘルはこのまま放置しておこうかと思ったり。金のない不二子にできるわけないのだし。それについて記述するスペースはまだありそうです。覚えておきます。
 いつもありがとうございます。

紗羅の木 | URL | 2007年10月07日(Sun)01:48 [EDIT]

コメントガ・・・・

私のコメントが・・・・・進行の妨げになってしまってませんか?
それだけが心配です。
でも、これでいろいろなことがはっきりしました。
松木の裁判ではほとんど取れないだろうとたかをくくっていたので、ソコまで頭がまわりませんでした^^
結局今回の不二子の行動は自分の首を絞める形で収束しそうですね。
でも・・・・・彼女のことだから、まだ何かあるのかも・・・
そういえばデリバリの経営とか・・・・って結局断念する方向なのでしょうか^^

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奈緒 | URL | 2007年10月06日(Sat)23:04 [EDIT]

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