始発駅

「イチコの選択」では大変お世話になりました。無事連載を終えた今、このブログで何ができるのかを考えています。のんびりお付き合い頂ければ幸いです。

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ミスキャスト(13)

 先生から委任状の見本を託されたその日の夜、イチコを待っていたのは急転直下の非常事態だった。
 書類が上がって来ていることを不二子さんに連絡を入れたイチコは、例の三十五万を巡って浅見と不二子さんがまだもめていることを知ったのである。 
 ひとつ片を付ければまた何かひとつ事が起こる。そんなもぐらたたきでもしているかのような生活を繰り返して来たイチコだが、中でも一番しつこいもぐらはやはり不二子さんがらみのトラブルだった。殴っても殴っても、他人の金を回すことでしのいで来た彼女の生き方はトラブルを拡大させて行くのだ。それはイチコの預り知らぬところでも起こり、イチコの守りは後手に回るばかりだった。今回のトラブルもそんな典型例のひとつだった。
 そのトラブルが起こったのはつい昨日のことだと彼女は言ったが、イチコがファミレスで浅見と話してからわずか三日しか経ってなかった。
 もう少し彼に暴挙を起こさないように注意を与えておくべきだったとイチコは後悔したが、すでに遅かった。不二子さんは浅見に異様な嫌悪感を示し、それを理由に公正証書は書かないと言い出したのである。
 事の発端は浅見が酒井という男を経由して彼女から三十五万を回収しようと企てたことだった。
 浅見の企ては酒井が従ってくれなかっただけであって、よく思いつくものだと感心するほどのものだった。
 浅見は公正証書のからくりを知ったことでよけいに頭に来たのであろう。
 「酒井さん、僕があなたから三十五万借りたことにして、ママに絵を描いてもらえませんか」
 昨日、酒井にそう話を持ちかけた。
 浅見の企てに酒井が乗れば、酒井は浅見に三十五万貸したと偽り、その金の回収を不二子さんからすることになる。それでうまい具合に自分が三十五万取り込んだばかりに酒井にも迷惑をかけたと彼女が思ってくれれば、回収できる可能性もあるというわけだ。浅見の狙いはそれだったに違いないのだが、酒井が絵を描くことを好まなかったのであろう。
 酒井は、不二子さんを捕まえて、
 「ちょっと浅見さんのことで耳に入れたいことがあるんで、どこかでお時間を」
 と言い、彼女と落ち合ったファミレスの席で全部ばらしてしまったのである。
 その際、彼女の話では酒井も浅見の人間性を疑うようなせりふを言っていたというのだが、普通の神経を持ち合わせている者なら、浅見の手元に金が届いていない事情を彼女に問い詰めるはずである。そうでないならば、酒井という男は彼女とグルということにもなりかねない。酒井自身も人間性を疑われるのだ。
 酒井がいかにも自分の味方をしているかのように言うのは、不二子さんのいつものスタイルと見るのが妥当のようである。
 最後まで黙って彼女の話を聞き終えたイチコは彼女に訊ねた。
 「あなた、なんで浅見に返してやらないんだ? いったん返すのが常識じゃないの?」
 「だからわたし、黙って取ってない。電話で言って、それからしたんだから」
 「おまえは単なるトラブルメーカーだ。いい加減に気付いたらどうなの」
 イチコにそう言われた彼女は、わが身を振り返るどころか、
 「あの子があたしには何もしてくれる気がないんだって、今回のことでよく分かったのよ。なのに、なんであたしがあの子のために書くのよ。そんなことしてあたしが払ってたんじゃあ、あたし何にも残らないじゃない。あの子があたしに書いてくれないのにあたし書けない」
 だから九百は書かないと言うのだった。
 それは言いがかりだ、とイチコは思ったが、
 「いいだろう、あれに書かせてやろう。で、いくら書くんだ? 千二百か?」
 渡りに船のような言い草だが、書いたら飛ばせばよいだけである。公正証書であっても、債権であることに変わりはない。破産債権としての対象になる。
 去年の暮れにイチコが提示した案のことを考えると、とてつもなくかけ離れたものになっているのだが、そう思っているのはおそらくイチコだけである。何も理解出来ていないであろう不二子さんは、
 「三千よ。あの子、あのとき三千って言ってたでしょ。あんた、聞いたでしょ?」
 大きく出たものである。あのときとは、去年浅見に委任状の見本を見せたときのことである。三千はイチコも覚えていたが、彼女のあまりの強欲振りに「知らない」ととぼけた。
 「確かに言ったのよ、三千て。あたし、金利も入れたらそんなもんじゃないんだから。なのにあの子ったら、だれがそこまでしてくれって頼んだんだって言ったんだから、このあたしに」
 「じゃ、それで書かせるさ」
 イチコはあっさり引き受けた。
 「あんた、あの子に書かせるって、そんなことできるの?」
 「いまなら書くんじゃないの。駄目ならはつってでも書かせるよ」
 イチコは笑って言ったが、そんなことをしなくても浅見は必ず書く。その確信があった。
 だだし、その確信には、無駄なことになりそうだという自身の敗退も秘かに含まれていた。

 
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コメント


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奈緒さまへ

 奈緒さん、いらっしゃい。
 うーん。やっぱ説明不足か、と思ってます。次に足しておきました。
 三百の支払い義務は残してあるつもりでしたが。
 いい加減、この債権の話にけりをつけないといけませんね。すごく長い間やっている気がします。飽きがきませんか、読み手の気持ちがよく分からないので少し聞きたい気分です。
 いつもありがとうございます。

紗羅の木 | URL | 2007年10月08日(Mon)02:19 [EDIT]

つまり

つまりは・・・・・・浅見に書類を書かせた後、破産の手続きをさせる。
当然まったく無意味な証書になって・・・浅見からイチコにも戻ってくるはずのお金も支払い義務は消失しますね。
結局はそうなると、不二子は全額をイチコに返済しなくてなはらなくなる。
という筋書きになりますね。

う~ん。ちょっと浅見の行動も軽率でしたけど、それに腹を立てている不二子さんも、この場合はおかしいsですね。自分が同じようなことをしたのに。
なんだか一層泥沼の予感を感じつつ・・・・。
応援ポチット。

奈緒 | URL | 2007年10月07日(Sun)23:08 [EDIT]

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