始発駅

「イチコの選択」では大変お世話になりました。無事連載を終えた今、このブログで何ができるのかを考えています。のんびりお付き合い頂ければ幸いです。

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ミスキャスト(14)

 三千という債務額は言うまでもなく浅見には自己破産しやすい額である。おまけに浅見が不正を知ってしまったことを不二子さんは未だ知らない。彼女が欲に取り付かれて、そんなことに気づかないでいるうちに何もかも片付けてしまうのが得策である。 
 しかし、いまさら三千ということがイチコは気に入らない。
 三千という債権額を彼女が提示したのは、浅見が不正に気づいたかもしれないという懸念からだけではなく、公正証書の作成に借用証書などの書類が必要ないことを今回知ったからに違いないのだ。
 元々浅見関係の証拠書類は、代位弁済に回した千二百のもの以外何もなかったのである。三千を架空の日付と金額で適当に振り分けた債権の箇条書きを用意するとしても、証拠書類が一枚もない三千万の債権など、どこの司法書士が受けるのか。
 また、浅見に書かせるとしても支払い始期を不二子さんがこれから書く予定の九百より遅らせる必要があった。同じ始期にして浅見が飛ぶ前に彼女からの差押を食らったりしたら、イチコは約束が果たせなくなるのである。差押の心配だけでなく、手に入れた公正証書で闇金にでも行かれたら面倒である。支払いの始期さえずらしておけばそれにも対処できるというものである。
 しかし委任状の見本の段階まではどうあっても同じ始期にしておかなければならない。書き換えるのはその後になる。抱き込める司法書士がもう一人欲しいところだった。
 先生はイチコが差押を依頼している以上、双方代理の定義により除外しなければならない。
 一人心当たりがないこともなかったが、仕事を頼んだことがないので何とも言えなかった。浅見の承諾を得るよりも、これに難航するかもしれない、とイチコは考えた。彼女が何か勘付き、二転三転して引っ張られる恐れもある。
 望んでいた方向とはまったく異なる方向に向かっている。それがすでに勝機を逸している証であることはイチコも分かっていた。が、すでに立ち止まることはできなかった。

 数日後、イチコの話を聞いた浅見は最初こそ苦々しい顔をしたが、自分が三千を書けば不二子さんが九百を書くという話を聞いたとたん、にこやかに承諾した。イチコの読みは当っていたのである。杯こそ受けてなかったが、さすがは街金にいただけあって頭の回転は抜群だった。
 借用証書を書くときもすぐ書いて見せた男である。この男にとって書き物とはそんなものなのであろう。心底は信用できない男ということになるが、今回イチコはそこを買ったのだ。丹念に説明するまでもなく、飛ばすために書く公正証書であることを浅見は確実に理解していた。
 「じゃあ、僕は、今ある証書の中の三百をお支払いするだけになるんですよね?」
 話を聞き終えた浅見はイチコに確認を求めた。
 「そう。そこまで払って来たら、あとは債務免除の書類を先生に作ってもらうから。それでいい?」
 「ありがとうございます。それで十分です」
 浅見は頭を下げたが、まだうまく事が運ぶ保証はない。
 「司法書士で親しい人、いないの?」
 イチコはこの問題をまず何とかしたい。
 「いや、誰も」
 「そう、じゃあ、それはこちらで当たるから。わたしのを先に書かせてあなたのを後にしよう。で、判を押すときにわざとけちをつけて支払いの始期を変更させるしかないね。あのママ相手だけど、大丈夫?」
 「猿芝居ですか、頑張ります」
 浅見は手を擦り合わせるようにして答えた。初めて依頼する司法書士を巻き込むよりはこの方が楽である。
 「で、佳奈ちゃんの二万のことだけど、いつまで払うの?」
 「ああ、あれはたぶん一生でしょうね」
 浅見は自嘲気味に笑った。
 「期限なし? 飛ばすときそれも弁護士に相談してごらん。裁判所でもいいけど、できれば弁護士をお薦めするな。料金は分割を交渉すれば受けてくれるから。死ぬほど取られるなんてことはないよ」
 「弁護士なら知り合いはいます」
 「ならいいね。この話は誰にも漏らすな? これっぽっちも言ったらあかんで」
 イチコは浅見に念を押した。
 すでにどこで不二子さんの耳に入るか分からない状況であることをイチコは感じていた。これまでに彼女は、浅見が車検代を支払っていることを知らせて来たり、浅見本人が言っている家賃は高過ぎると文句を言ってきたりしていたのである。
 彼女の口から出ることばは浅見の悪口に尽きていたと言っても過言ではなかった。
 「ママには気をつけろ? あなた、さぐられてるよ」
 浅見は一瞬ぽかんとしたが、
 「実は、今度会うんです、三十五万のことで。金融屋に連れて行くからって。どうしようかと思ってます」
 まだもめていることにイチコは驚いた。
 「保証人になったら終わりだよ、今度はバカみたいに払わされるよ」
 「授業料だったと思ってあきらめますか」
 「それがいいだろうね」
 これでもたついて彼女に気でも変えられたら、やっかいである。イチコはそれが何より怖かった。
 
 これを機にイチコは浅見とこっそり会うようになる。場所は深夜のためやはりファミレスだったが、不二子さんが常用している店は避け、さらに用心のため時々場所を変えた。
 
 
 
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コメント


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奈緒さまへ

 奈緒さん、こんばんは。
 債務免除は、破産とは異なるものです。ひょっとしていっしょになってるかな?
 こういう用語は字面だけでは理解しにくいのだなと、つくづく思ってます。説明不足になるといけないので、奈緒さんのコメントとても重宝してます。いつもありがとうです。
 殺人事件、シビア~なのも書いて下さい(笑)

紗羅の木 | URL | 2007年10月09日(Tue)02:18 [EDIT]

刺激

すみません。詳しいご説明ありがとうざいます^^
300を払った後に、破産手続きをするんですね。納得です。
まあ、浅見にすれば不二子よりイチコを信じているわけですから、300払う前に破産をするようなことはなさそうですね。

読み手というか・・・・・
私はかなり物を知らないので、法律上の難しい用語とかすごく勉強になるなーと思ってみています。
この用語を見てるだけで殺人事件を2.3件は起こせそうな気がしますw(小説の中でですよ)
いい刺激になります^^

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奈緒 | URL | 2007年10月08日(Mon)23:13 [EDIT]

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