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始発駅

「イチコの選択」では大変お世話になりました。無事連載を終えた今、このブログで何ができるのかを考えています。のんびりお付き合い頂ければ幸いです。

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ミスキャスト(15)

 翌日、浅見の承諾を不二子さんに伝えたイチコは、電話を切ると虚脱したように座り込んでしまった。
 恐れていたことが早くも現実になりつつあるような気がした。
 イチコの報告を受けた彼女は電話の向こうで確かに驚いていたのである。が、
 「あんた、確か急がないって言ったわよね。わたし、あさってから研修旅行があってね、それでその準備もあるし、忙しいのよ。だから済んだら連絡するから。じゃあね」
 それが彼女の返事だった。
 イチコが急がないと言ったのは、とっくの昔、去年の暮れの話である。無知な彼女でもさすがに三千万は頂けないものだと考えを翻したのかもしれない。

 それにしても、何かがおかしい。イチコはそう思い始めていた。
 宮下が過去のことを激しく怒鳴り込んで来るようになったのは公正証書を巡ってもめ出したころからである。
 電話でいきなり彼女をくさして怒鳴る宮下もおかしければ、いくらママをやっていたとはいえ、とことんまで人をコケにする彼女の態度にイチコは納得が行かない。齢も取れば、もう少し誠意の示しようもあるはずである。未だにでかい態度では恥もくそもあったものではない。
 やはり繁華街の方で反目のところに寄ったついでにでも、何か宮下を怒らせるような事をやっているのか、と疑いたくなる。
 先日、宮下は生活費のことで怒鳴り込んで来た。ふとそのことを思い出し、あることを思い立ったイチコは鏡台の開きから古い家計簿を何冊か引っ張り出した。
 「そりゃそうと、おまえ、あれに五十万の生活費のこと言うたやろがぁ。五十万貰っとる言うて」
 宮下はいきなりそう怒鳴ったのである。
 いきなり言われても意味の把握が出来なかったイチコは、
 「圭ちゃんに言ってなんて言ってないで?」
 とんちんかんな返事を返してしまった。
 このときは、いつか次男が宮下の事務所に五万円を貰いに行くことになったいきさつが思い出されたゆえの返答だったのであるが、あとから考えてみると、自分でも首を傾げるくらいのおかしさだ。
 「あのババアが金のことを言うて来たらろくなこたぁないわ。まあババアにやるんやないからええわ思うたんや、俺は」
 宮下はそうも言ったのだ。
 そのときちょうど居間にいた長男に、
 「生活費は五十万だなんて、言った覚えはないけどな」
 電話を終えてそう話しかけたのをイチコは覚えている。
 「オメエ、そんなこと言うからあのババアがいくらでも借りに来るんやって」
 「いや、だけど覚えがない」
 そのときもはっきり否定した。
 いつから五十万になったのか、今、イチコはそれが知りたいのだ。
 捜すのはさほど手間取らなかった。平成十三年五月が始まりであった。
 その十三という年度がイチコの記憶を蘇らせた。次男が大怪我をして入院した年であり、父親の入院と借金を抱えて一番苦しかった年である。支払いに追われて駆け抜けた年月だったので、すっかり忘れていたが、職場に来た不二子さんにそれとなく催促らしきことを言った記憶も蘇って来た。
 自分が払う代わりに、宮下のところに行って、五十万にしてやれと言ったのかもしれない。それを宮下はイチコが頼んで言わせたと思ったか、あるいは彼女がそんな風に取れるように言ったか。どちらかということになる。
 そして、そのどちらにしても、彼女をくさしている宮下が、実はさっさと言うことを聞いたということになるのだ。子供が可愛いからというより、世話になったいきさつがあるので、従ったのか。
 その翌年に彼女の方は入院費だなんだと借りに来ているのだから、悪く取れば宮下に生活費を多めに入れさせて、それをつまみに来たという図式である。彼女が宮下の事務所に出入りしていた証でもある。
 仕事のことを勘付かれて喧嘩になったのもこの頃である。あのババアが何か喋ったか。口の減らない女だから、喋ったとしても不思議ではなかった。金をつまんでおいて喧嘩になるようなことを喋る、これにはこんな図式が成り立った。ヤクザの宮下と別れさせ、言うことを聞いてくれそうなヨメをうまく言いくるめ、借金は踏み倒す。不二子さんがして来たことは、いい結果がひとつもないのだから、悪く取ろうと思えばいくらでも悪く取れるのだ。今回もああだこうだと引っ張ってはそれを狙っているのかもしれないと思われても仕方ない状況だった。
 
 夕食後、
 「一度オヤジと話をしてみた方がいいぞ。なんかおかしいって。今まであのババアが真ん中に座ってたんだからな。何を言ってるか分かったもんじゃねえ」
 採用通知が届いたばかりの長男はイチコから聞いた五十万の話にそう応じた。
 「それと、オレの就職先だけど、絶対あのババアに言わんとってや。また知ってる知ってるって、知ってる自慢でもされたら気分悪いわ」
 悪意のある見方だが、詐欺師などが自分を大きく見せるために使う手でもある。
 「分かってる。うちの情報はもう流さないよ」
 イチコもそれは思っていたことだった。
 夫婦仲が冷めていることが一番悪いのだが、隠し子がいることを知っている彼女が、別れるきっかけを捜している宮下にこちらの情報を手土産にしていたとも取れるのだ。
 彼女が関わると悪い方にしか行かないという事実がイチコの猜疑心を増幅させていた。
  
 
 
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コメント


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ぬこ&えふぃ様へ

 ぬこさん、こんばんは。
 起こそうと思って苦戦しています(笑) ちょうど書いて来たことをまとめる詰めの段階に差し掛かった感じです。で、これがしんどくて困っています。
 やはりぶっつけでやるのではなく、少し下書きがあった方がよかったかなぁと反省してますが、もう遅いです(笑) このまま完結まで必死こいて頑張りたいと思います。
 前になにを書いたっけと思ってページをめくることしょっちゅうです。
 いつもご訪問ありがとうございます。また記事が上がったら呼んで下さいね。とくに「イルカ」に惹かれてます。

紗羅の木 | URL | 2007年10月10日(Wed)02:56 [EDIT]

奈緒さまへ

 奈緒さん、こんばんは。
 債務免除は債権者が債務者に対して行うものですので、時効は基本的に関係ないです。作中の一千二百もいったん公正証書で契約更改できてますから、十年どころか、ほんとに最新の契約です(契約を更改した日付がその債権の契約日になりますので)
 すぐに債務免除してもいいと思っていたイチコを先生が止めたのは、不二子が九百を書いたからといっても支払って来る保証がないため、イチコの利益を考えてのことです。不二子がだめなら浅見でとれ、という暗示ですね。いったん公正証書にしてしまうと取ったもの勝ちです。不二子はそろそろそれに気づきます。
 奈緒さん、わたしもなんだか教えて頂きたいことができそうです。そのときは、よろしくです。いつもありがとう、です。

紗羅の木 | URL | 2007年10月10日(Wed)02:44 [EDIT]

だんだんと狭まってきた関係、何かが引き金になって何かが起こりそうな予感です。

N&E | URL | 2007年10月09日(Tue)23:53 [EDIT]

破産ではなかったんですね^^文中に破産ってあったのでてっきりそっちかと^^
債務免除は10年を経過した物だけということで・・・・いいのかしら。
間に一人。特に不二子が入ったことによって、余計に宮下との仲がうまくいかなくなったとも考えられますよね・・・・。
諸悪の根源ともいえます。
そして・・・・・未だに関係を断ち切れない。
イチコとしては、緊縛にも似た状況ですね・・・・・。
ポチット。

奈緒 | URL | 2007年10月09日(Tue)22:03 [EDIT]

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