始発駅

「イチコの選択」では大変お世話になりました。無事連載を終えた今、このブログで何ができるのかを考えています。のんびりお付き合い頂ければ幸いです。

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ミスキャスト(19)

 イチコの予測は外れてなかった。
 研修から帰って来たばかりの不二子さんは、浅見がすっぽかしたことを一番の理由に挙げ、
 「あたし、あの子のために何かしてやるつもりなんかぜんぜん無くなったんだから」
 だから九百も書かないし、三千もいらない。あれだけ小細工をしておきながら連絡もして来ないなんて浅見は生意気だ、と言ったのである。彼女は未だに、あのトラブルに固執しているのだった。
 ちょうど仕事が休みだったのでイチコは朝から連絡を取ったのだが、予測していたとはいえ、いざ現実になってみると激しい怒りを覚えずにはいられなかった。
 彼女は浅見の同僚に探りを入れた結果、高額の給料をもらっているらしいことが判明したと言い、何とかそれを取り立てる方向で話を進めたいようであった。
 イチコは滔々と喋り続ける彼女の話を聞きながら、全開にしていた窓を締め切り、エアコンのスイッチを入れた。浅見や宮下から聞いた話を確認する気はなかったが、じっくり腰を据えて話すには部屋の温度は高過ぎた。
 居間に腰を落ち着けると、イチコはできる限り穏便に言った。
 「浅見が書くと言ってるうちに書いてもらえ? 今ある千五百を飛ばされたら、それこそあなた何にも残らないで?」
 「だって、あんた、三千書いたって飛ばすものは飛ばすじゃない。あんた、公正証書って差押が簡単だって言ってたわよね。あの子、どうなのよ。差押えてやろうよ」
 イチコは唖然とした。三千の危険性に気づいた事といい、平気で浅見を痛めつける事といい、素晴らしい師匠である。
 「差押はできないさ、ちゃんと払って来てるんだから」
 「利息は? あの子払って来てる? 払ってなんかないんでしょ、あの子。それでできるじゃない」
 「それをやったら潰れてしまう」
 「ンもう、じゃどうするのよ」
 「そんなにあれを差押えたけりゃ、書いてもらえば自分で出来るだろう」
 じれったい女だ。イチコは切れそうになるのを堪えていた。
 「じゃさ、三千はちょっと貰い過ぎだから。ちょっと待って」
 彼女は電話の向こうでしばらく何やらブツブツつぶやいていたが、やがて、
 「あんた、千八百。千八百で書かせてよ」
 「千八百?」
 しばし考えたイチコは、
 「言ってはみるさ。費用はおまえ持ちだからな」
 「はっ? わたし」
 「そりゃそうさ。債務者が持つんだよ、普通」
 「だって。じゃあの子のは? こんどはわたしが持ってやるの?」
 「いや、今度はあれも払うんじゃないの」
 「あの子が払うわけないじゃない」
 「まあ、いいから」
 話を終えたイチコは、これが最後になることを覚悟していた。
 千八百と言った彼女に九百を書く意思はない。書けば自分も差押えられるかもしれないという危険を察知してしまっている。イチコはそのことを悟ったのである。
 将来浅見を債務免除にしてやるはずの千二百と千八百を足すと、どういうことになるか。彼女の考えていることを想像するまでもなく、イチコはぞっとした。もう、爆弾は要らないのだ。
 こうなれば浅見がどれだけ三千で書くことに固執して粘ってくれるかであり、そして彼女に少しでも一般常識が残っていることを願うしかなかった。
 同時に先生の事務所に行くことをイチコは思い立った。
 奥の金庫を開けて事務所の封筒を取り出し、中を確認すると表に出る。
 残暑のきつい日差しに目がくらみそうだった。草木も萎えるとはこのことである。今頃放置したままの田舎の庭の草も萎えているはずだと、イチコはふと思った。それが夜になると露を吸って元気になるから不思議である。
 もしも宮下と別れて生活に困るようなら、あの家に戻るしかないのか、という不安がイチコの胸によぎっていた。東屋仕立てでどっしりした母屋の、上から見下ろしているその姿が脳裏に浮かんで来る。
 これまで何代もの生活を呑み込んで来た年代物である。何事もなくイチコを迎えてくれることは間違いなかった。そこで自然にどっぷり浸って些細な事に一喜一憂する。平穏な生活とはそういうものなのかもしれない。
 父親が亡くなって数年の月日が流れたためか、あの場所がいやだという感情はすでになくなっていた。だが、まだ帰るには早い、とイチコは思った。
 
 
 
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コメント


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奈緒さまへ

 奈緒さん、こんばんは。
 今夜は先にそちらに伺いました。おことばに甘えて鍵をかけさせて頂いております。ご心配していただき、恐縮です。
 不二子、短期間でずるがしこくなりました。何も知らなかったはずが、イチコのそばで裁判資料を作るのを見ていた成果のようですね。詐欺師に近い考え方ですが・・・・。まさに爆弾です。
 

紗羅の木 | URL | 2007年10月14日(Sun)01:52 [EDIT]

不二子

不二子は随分知恵をつけた感がありますんね。
イチコにとっては不都合なことばかりのように思えます。
今後、彼女が書く可能性はゼロに近くなった訳で・・・・。
この泥沼をイチコはぬけだせるのか・・・・・・。

あ^^以前言っておられた、「相談に乗ってもらうことがあるかも・・・」
明日お休みなので、ブログのどこかに書いて置いてくだされば、善処いたします。
たいしたことは出来ないですけど・・・・・w

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奈緒 | URL | 2007年10月14日(Sun)00:22 [EDIT]

ながた たい様へ

 ながたさん、こんにちは。
 こちらこそ大変ご無沙汰しております。わざわざお越し頂いて大変恐縮しております。
 最近頭の中がいっぱいいっぱいで、なかなか訪問できずにいること、申し訳なく思っております。
 イチコの機嫌をとっておきたい浅見はとくによく舌が回るようです。礼儀正しい男なのですが、秘密を持っているせいか、おかしなところがあります。
 不二子はひょっとしたら一生こんな感じで生きていくのかもしれないですね。法では裁けない罪を犯しているというか、それ故あわれなところもあります。
 今夜中にお伺いしますので、少々お時間を下さいね。
 ご訪問、ありがとうございました。

紗羅の木 | URL | 2007年10月13日(Sat)15:41 [EDIT]

沙羅の木さんへ

お久しぶりです。
しばらく体調を崩していたため、ご無沙汰しておりました。
今、5日分くらいをまとめ読みしたところです。
不二子さんが一般常識という単語の意味を知っているでしょうか・・・。
はなはだ疑問です。
でも、不二子さんにしろ浅見にしろよく舌が回りますねー。
口先で生きてきた人たちだからでしょうか。

ながた たい | URL | 2007年10月13日(Sat)08:12 [EDIT]

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