始発駅

「イチコの選択」では大変お世話になりました。無事連載を終えた今、このブログで何ができるのかを考えています。のんびりお付き合い頂ければ幸いです。

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ミスキャスト(21)

 数日後、電話をして来た不二子さんは、いきなり、千八百の証書の見本をファックスで送って欲しい、それだけ言うと電話を切ってしまった。
 見本と言われても、三千を拒否している彼女に何を書いて送ればよいのか。イチコは悩んだ。このままとんとん拍子に話が進めば、彼女の給与の差押も叶わず、浅見を自由にしてやる約束も果たせなくなる。そうなるとあの爆弾女に一生付きまとわれることにもなりかねないのだ。

 その夜、いつもとは河岸を替えたファミレスでのこと。
 千八百と聞いた浅見は一瞬、喜色満面になった。安くなったと思ったのであろう。しかし、その直後イチコに注意を促され、ああっ、と驚嘆にも似た声を上げた。
 「どうあっても全部僕に払わせようって魂胆じゃないですか」
 そのとおりである。この男は本当によく切れるとイチコは思う。
 不二子さんは九百を書かない方法、つまりは自分が一銭も払わないで済む方法から考えたに違いないのである。そのためには今ある千五百の証書を生かすしかない。浅見に不正を気づかれたかもしれないと言えども、イチコが債権者である限り、彼がこれを踏み倒すことはないと踏んだのであろう。そこで、もともと自分の債権であった千二百(イチコが代位弁済したことになっている部分)にいくらプラスすれば三千になるかを計算したのである。その答えが千八百であり、浅見にこれを書かせたなら、あわよくば彼女にも毎月金が入ることになる。運悪く千八百が飛ばされたとしても、取り分三百は安泰、彼女が債務を負うこともない。
 一方、三千を浅見が不二子に書き、不二子がイチコに九百を書いた場合はどうなるか。不正に気づいているらしい浅見はまず三千を飛ばし、元からあるイチコとの間の三百だけは払うが、残り千二百は不正だとケチをつけて払わずに終らせる可能性がある。不二子はというと、狙っていた取り分三百も手に入らないばかりか、九百の債務を負う羽目になる。三千を単独で不二子が持つということは、浅見に不正を認めたと同じなのだ。浅見が飛ばせば、もともとイチコが望んでいた形に戻ることになるのだが、それを避けるために不正の横車を押したわけだから、彼女が気に入るわけがない。
 
 安くなったとうっかり飛びついていると、今払っている五万と合わせて浅見は少なくとも月十万の支払いをしなければならないところであった。ここは慎重に行く必要がある。
 「それじゃ困るでしょう」
 「困りますよ。三千で行くしかないですね」
 「三千で行け? 費用はわたしが出してあげるから。だけどママには自分で払うって言っておいて。ママの分はママが出すことで話をしてあるから」
 それなら少しは浅見の信用度も上がるはずだ。
 浅見とイチコが彼女の束縛から自由になれるのは、九百を書かせ、三千は書いて飛ばす。それだけである。二人が手を組む意義はそこにあった。
 「あっ。はい。じゃそういうことにしておきます。ありがとうございます」
 と頭を下げる浅見。それを見届けたイチコは、
 「で、どうする。あなた、悪者になれるの?」
 イチコの意味深なことばに浅見は不敵な笑みを見せた。
 「いまさら何言ってくれるんですか。もうなってますもん、おれ。付いて行きますよ」
 「じゃ、ファックスで送ることになっている見本だけど、最初から支払い始期をずらしたものを送ろうか。うちの三百を払ってしまった頃を支払い始期にするというのはどうかな。ものすごい怒ってくるだろうけどね。一回の支払額は月五万で」
 彼女がお気に召さない方の三千をそうするのだから、彼女がカンカンになることは目に見えている。
 「そりゃあ、すごいでしょうね。いいですよ、それで揺さぶりをかける、そういう事ですね。ばれているんだ、そういう気にママがなればいいと。そのずらした期間の言い訳を僕は必死こいてすればいいわけですね。そこは何とか頑張ります」
 「飛ばす素振りを見せるな」
 「分かってます。月十万は厳しんで、もう少し役付きになるまで待ってくれとでも言います。実際、候補には入ってますんで。それでも怪しむでしょうけど、最後に、ばれてるぞと。それでいいですね。元に戻してよく分かるようにしてくれと」
 勘のいい浅見は、楽しんでいるようにも見える。が、イチコが言いたいことはちゃんと把握していた。
 彼女にかけらでも誠意があるならば、浅見にばれて一番迷惑するのはイチコであり、その責任は自分にあると気づくはずなのだ。それに気付けば九百を書く気にもなるはず。イチコはそれを浅見に託したのである。
 「ママに顎をあげるな? それだけで誠意を疑われる。ママには世話になったんで磨かせて頂きますってちゃんと言えるの?」
 「大丈夫です。乗るか反るかの大芝居なんで」
 「それで駄目なら、司法書士会になるけど。言ってみるくらいなら・・・・。でも、先生を傷つけるな?」
 「それは僕もよく分かってます。宮下さんがずっと懇意にして来られてることは承知してます」
 「うん」
 イチコは珍しく微笑み、
 「千八百も同じように書いて送ろうかな?」
 「ええ? 意外と意地悪いんですねえ」
 「なに言ってる。もう、損をしてもいいんだよ、わたしは。あとはあなたの芝居に掛かってる。あのババア、許せるもんか。詫びのひとつも入れて来ないで」
 借用証書がないことが響く。それを彼女が逆手に取っていることを見抜いているイチコは、失敗を覚悟で、彼女が裸になるまで叩きのめしてやりたくなったのだ。

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コメント


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奈緒さまへ

 奈緒さん、いらっしゃい。
 宮下の存在は出番こそ少ないですが、一番比重を占めていますね、奈緒さんの妄想、外れてはいないようです。長々と引っ張って来た物語は、たぶん彼に帰結する形で終ると思われます。
 最近文章量が増えて来たので、少し制御しようか、と考えてます。公開したあとで、手直しすること、しょっちゅうありなので。(大きい修正はしませんが)。書き上げてすぐ公開することは、あまりよい結果を生まないようです。
 いつもありがとうございます。
 

紗羅の木 | URL | 2007年10月16日(Tue)01:02 [EDIT]

さてさて、イチコが遂に浅見に決意を打ち明けた場面。

気になるのはこれにどう宮下が関わってくるのか・・・・。
不二子や宮下の態度から、関わって来るはず・・・・・。
と妄想を膨らませつつ。
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奈緒 | URL | 2007年10月15日(Mon)21:58 [EDIT]

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