始発駅

「イチコの選択」では大変お世話になりました。無事連載を終えた今、このブログで何ができるのかを考えています。のんびりお付き合い頂ければ幸いです。

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ミスキャスト(27)

 宮下と話がしたいという思いを抱きながらもイチコは長い間すれ違って来た。今度のことはいい機会かもしれない、とイチコは思う。
 人生の伴侶としてはやり直せなくても、息子が二人もいるのだ。少なくとも彼らの親としてなら積もる話があってもいいはずだ。
 何から話そう。浅見のことよりも、イチコはそれに悩んだ。
 この際、秘密にしていた話を明かすのだから、不二子さんが間に入ったばかりに食い違ったままになっている話も確認しておきたい。いずれ別れるとはいえ、怒鳴られてばかりで何も分からないまま別れるのはいやだった。やはり二人の間に壁はない方がいいのである。
 また、別れる事に及んで、どちらが優位に立てるかもくそもないはずだ。
 ならば子供のことから訊くか、という自身の内なる声にイチコは一人頷いた。おそらくそれが宮下にとって一番隠しておきたい秘密である。ついでに子供の年齢も確認してみたい。イチコは不二子さんに長年貸しを作って未だに一銭も払ってもらえないという、宮下が知れば半殺しの目に遭うに違いないことを打ち明けるのだ。お互いハンディはなしではないか。イチコに分があるとすれば、宮下が入れてくれた生活費から出費してはいない、それだけであるが、そのために夫婦関係がギクシャクしたのであれば一つも分にならない。浅見の話もここから始まるのだ。何かの符号のようにぴたりと一致するところがイチコの気を引いた。
 イチコにとって全ての騒動は確かにここから始まったのである。

 この年、師走の始まりは暖かかった。
 師走に入って間もなくの、日付が変わるより少し手前の時間。意を決したイチコは、何かに取り憑かれたかのように携帯を引き寄せ、宮下の事務所を呼び出した。
 いつもどおりの反応で覚えのある声が応じて来た。イチコが名前を名乗ると、宮下は出掛けていていないのだと言う。
 「そう。じゃあ、伝えてもらえますか。今夜携帯の方に連絡を入れるから必ず出て欲しい、そう言っておいて下さい」
 イチコは噛んで含めるようにゆっくり伝えた。
 「はっ、携帯に出るように言えばいんですね? 必ず伝えておきます」
 男は何のことはない、いつもどおりであったが、ふと思い出したように付け加えた。
 「あの、前回のは伝わってましたかね?」
 前回? イチコは少し考え、思い出した。
 「ありがとう。大丈夫、連絡はありました」
 「ああ、そうでしたかぁ。それはどうも」
 男は安心した様子だった。暴力団事務所の電話番ということもあるが、壊れた夫婦の連絡係でもある。彼なりに気を使っているのだ。
 残った子分はこの男だけなのか。それとも彼も時給で雇っているのだろうか。そんなことを思いながらイチコは携帯を切ったが、自分の考えていることが滑稽な考えであることに気付き、苦笑してしまった。
 少なくともあと一時間は宮下も忙しいはずである。
 例年十二月に入ると宮下がシノギに走り回っていたことをイチコは思い出していた。自分のシノギもだが、多くは傘下に入れてもらっている組織のためである。彼らヤクザ稼業のものにとって十二月は特別なのである。
 時代がよかった頃は、数の子だの門松だのと傘下の店などに押売りしていたものである。押売りと言ってもけして粗悪品ではなく数の子などは一般家庭で食すには惜しいくらいの最高の品である。むろんお値段も安くない。宮下も現金を払って持って帰っていたはずであるが、イチコも息子たちもこの数の子が大好物だったのだ。これらが組織の大きな収入源になるのだが、今や彼らを取り巻く情勢はひっ迫し、いくら正月用品といえどもシノギにするのは楽ではないはずである。
 あの数の子を最後に口にしたのも、ちょうど不二子さんの騒動に巻き込まれた頃だったとイチコは記憶している。今もそのシノギをしているかどうかは分からないが、しているとしたら向こうのヨメのところに運んでいるのであろう。
 時間が経つのを待っている間、思い出される過去の様々なことに歳月の経過を感じずにはいられなかった。
 どこで浅見と会わせよう、と迷った結果が宮下と二人で通っていた昔なじみの喫茶店であったこともその余波のなせる技だったかもしれない。
 そろそろ連絡をいれてみよう、イチコが身構えたとき、卓上の携帯が着信を告げた。
 
 
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コメント


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奈緒さまへ

 奈緒さん、こんばんは。
 電話は宮下ですよ。イチコの電話をすっぽかしたことはない男であり、ずっと約束したことは守って来た男です。それだけが取り得だったような。最後のきずな、というのでしょうか。
 土壇場で大きく裏切られますが。次回からそのシーンですね。
 心理描写が混んで来て、苦しんでいます。会話ひとつひとつにも気が抜けない感じです。中途放棄しないで頑張りたいと思います。
 いつもありがとうございます。

紗羅の木 | URL | 2007年10月22日(Mon)03:23 [EDIT]

銀河系一郎様へ

 銀河さん、こんばんは。
 今夜の更新はさらに時間がかかりそうです。あまりにも複雑な心理がからむため、作者の方も腹を据えてかからなければ―――覚悟はできていたつもりなのですが、やはり難関でした。
 いつもありがとうございます。

紗羅の木 | URL | 2007年10月21日(Sun)23:39 [EDIT]

電話は誰でしょうね。
宮下からは掛けてくるはずがなさそうな気もします。
「先をこされた」という浅見からの電話ではないことを祈りつつ。

宮下との会話でどれだけ謎が解決するか楽しみです。
応援ポチット

奈緒 | URL | 2007年10月21日(Sun)23:39 [EDIT]

宮下に会いに行くと決まったものの、宮下の反応がどうなるのかは予測できませんね。

最後、鳴った電話は宮下、浅見、それとも妙なところにカンの鋭そうな不二子、誰でしょう。
次に期待して、ポチッと。

銀河系一朗 | URL | 2007年10月21日(Sun)22:57 [EDIT]

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