始発駅

「イチコの選択」では大変お世話になりました。無事連載を終えた今、このブログで何ができるのかを考えています。のんびりお付き合い頂ければ幸いです。

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ミスキャスト(28)

 自分から連絡するつもりでいたイチコは、予想外の着信音に飛び上がった。これは絶対に宮下だと思ったが、すぐには手が出ない。
 「オヤジやって。早くしろよ。待たせたらまた怒られるぞ」
 そばでテレビを視ていた長男が睨んだ。宮下は待たされるのが大嫌いな男なのである。
 次男はそれが趣味の、二十四時間営業のレンタルショップに出掛けていた。
 イチコは慌てて携帯を取り上げ、キッチンに行くと隅っこに座り込んだ。
 胸の鼓動が後頭部に乗り移って来るのを感じながら、これから言うべきことを反芻する。浅見と不二子さんの処置についてである。これを言わなければ浅見を宮下に会わせる意味がないのだ。自分たち夫婦の問題よりこれが一番重要なことをイチコは思い出した。
 浅見は三百。ババアは九百。公平な処置を望む。これだけは外せない。生唾を呑み込み、受信ボタンを押す。
 はい、と応答すると、
 「お、なんや、話て」
 宮下の声が聞こえて来た。
 「少し、訊きたいことがあるんだけど、いいかな」
 「なんや?」
 宮下の声を聞いたイチコは暗示に掛かったように落ち着いて来た。
 「あなた、子供がいるって、本当?」
 沈黙の底に堕ちて行くような宮下の息遣い。ほんの数秒のことなのだが。
 その後、
 「おう」
 意を決したような宮下の応答だった。
 「そう、女の子?」
 「おう、そうや」
 「うん、今、いくつ?」
 再び訪れた沈黙は不穏な空気を孕んだ。次の展開は予測できているイチコだった。
 宮下はその予測どおりに怒鳴った。
 「おおっ、こらぁ、誰に聞いたんやぁ」
 その荒い鼻息を耳に受けながら、イチコははっきり応えた。
 「ババアよ」
 「こらぁ、まだあのババアと付き合っとんかぁ。付き合うな言うとったやろがぁ、俺は」
 「付き合わないわけにいかなかったのよ。お金を貸してるから。平成七年から」
 「おおっ? 七年言うたらおれがパクられるちょっと前やな。おれはあのババアに金を貸すな言うて、その前からおまえには言うてあるぞ。なんぼやぁ、なんぼ貸しとんやぁ」
 「元本は六百三十よ。金利入れて九百」
 「おおっ、なんでおまえが貸すんやぁ。おまえが貸してええことになってへんぞぉ」
 「ごめんなさい。でもあなた、世話になってたんじゃないの、ずっと。客の紹介もしてもらってたでしょう」
 ここまでは何とかイチコも予定どおりに行っていると感じていた。が、
 「あほな事ぬかすな。おれはあれの世話になったことなどいっぺんもないわ。あんなババア。悪いけどな、おれはあのババアにメシを食わせて貰うたことはないんや。金を貸したこともなけりゃあ、話もろくにしたことないんや」
 明らかな大嘘である。イチコは面食らった。たとえ僅か数年でもいっしょに暮らしたことのある女に通用する話ではなかった。そのうえイチコには松木裁判をきっかけに出会った浅見という証人もいるのである。
 確かに彼女に金を貸すなという注意を受けたのは、七年より前である。前年の六年、温泉旅行の後だった。だから、金貸しの看板を持っているわけでもないのに勝手に貸したということで、都合よく別れる理由に使おうと思っているのか、とイチコは最初考えた。
 しかし、いや、絶対にそれだけではない。ここはヤクザならばどうあっても不二子さんに対して怒りをぶつけるところである。それでなくてもあれだけ彼女を中傷してきた男ではないか。
 「あれが借用証書も書かないし、公正証書も書かないので困ってるのよ」
 宮下の様子がおかしい。これで違うことを言えば何かあるのだ、イチコの直感はそう言っていた。
 「お、あれがおまえ、そんなもの書くわけねえやろが。おれはあれに売られたんやねえか。おまえには伝えてあるぞ」
 「聞いたわよ。ちゃんと覚えてる」
 「それから、あれもや。キャバクラの」
 「ああ、あれね。新聞に出てたやつ」
 イチコはなぜかまたとぼけた。
 
 
 
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コメント


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奈緒さまへ

 奈緒さん、こんばんは。
 宮下ですね、全ての始まりはこの男にあり、です。非常に残念ですが―――
 少しずつ明らかになっていくことと思います。
 不二子も狡猾ですが、宮下の方がさらに上手です。家族のために体を張るのが男ですが、ヤクザとはいえ、宮下のやり方は頂けません。イチコが約二十年間の過去の全貌を知ることになるのが、これからラストにかけてです。
 いつもありがとうございます。

紗羅の木 | URL | 2007年10月23日(Tue)01:11 [EDIT]

銀河系一郎様へ

 銀河さん、こんばんは。
 どうやら混乱を生じさせたようです、申し訳ないです。ほんとうは最後までイッキに仕上げたいところなのですが、先日の夜遊びがたたったのか、ただいま不調気味です。
 必ず納得して頂けるよう頑張りますので―――
 次ページでだいぶ明らかになるとは思いますが・・・。
 いつもありがとうございます。

紗羅の木 | URL | 2007年10月22日(Mon)23:40 [EDIT]

う~ん。

宮下は何かをごまかそうとしている!?
話をはぐらかそうとしているような感じはしますけど、
どうねんでしょ。
すんなりは行きそうな感じではないですね。
次回に期待!!
応援ポチット

奈緒 | URL | 2007年10月22日(Mon)23:37 [EDIT]

あれれ、どうもイチコの描いていた筋書きと違う道に宮下は入っていくようですね。

宮下が不二子に対して怒ってきたのは、実は負い目があった裏返しとか、
あるいは不二子が反目とすでにつなぎがあって手が出せないとか……。
沙羅の木さまの次の話を待ちます。ポチッと。

銀河系一朗 | URL | 2007年10月22日(Mon)22:48 [EDIT]

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