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始発駅

「イチコの選択」では大変お世話になりました。無事連載を終えた今、このブログで何ができるのかを考えています。のんびりお付き合い頂ければ幸いです。

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ミスキャスト(33)

 浅見には今しばらく顔を合わせたくない、というのも本音としてある。正直、浅見の立ち位置が、イチコには悩みのタネになっていた。宮下に頼んでやることもできない上に、自分はその宮下と別れたのだ。
 「浅見さん、どうするんだよ。何も言わなくていいのか」
 携帯を閉じた長男も同じことを考えていたようである。
 「それはあとだ。今、どうにもならない」
 真夜中の駅前、主幹道路の交差点であたりにパトカーがいないことを確認したイチコは、ブレーキを踏み込むと同時に大きくUターンをした。その反動で体を傾がせた長男は天井の取っ手を掴み、
 「ババア、ほんとにそこに来るのか?」
 不審げにぼやく。
 「来るさ。困ったらまず他人にすがるっていう主義の奴だからね。きっと来る」
 まるでクソガキだ、とイチコは思った。
 駅から遠ざかるに従ってほぼぶっちぎり状態の空間が眼前に広がって来る。
 彼女のところからだと現地に着くのはイチコの方が圧倒的に速いのは分かっていた。が、人通りの少ない道筋にある事務所のため、待機場所だけは注意する必要があるらしい。見慣れたイチコの車ではヤバイのだ。真夜中の道路を浅見の指示通り走り抜けながら、イチコはそればかり考えていた。
 やがて走行側に大きな病院が見え、浅見が言っていた目印だと知る。その反対側に右折で入れと浅見は言ったが、反対側はなるほど居住用の住宅の方が多いところであった。どこかの店先に止めることもできない。
 右折して言われたとおり真っ直ぐ入り三十メートルも車を滑らせていると、右側の角っこにやたら広いガレージが見えた。シャツターが降りているので中は見えないが、ここに違いなかった。宮下の親分さんところとよく似た構えの三階建てである。当然監視カメラは回っているはずだった。
 できれば騒ぎを起こさないように一発で捕まえたい。再びハンドルを右に切り、ガレージの前をゆっくり通り過ぎると、真向かいの住宅塀の側面に沿って横付けにバックさせる。ここなら木下のビルからは見えても彼女の視界からは逃れそうだ。内心はもう来る頃だと見計らっていた。ライトを消し、前方の視界に目を凝らしたそのとき、
 「来た。あれだ、寄り目」
 長男の目は早かった。彼女の車はよりによってイチコたちの前をすり抜け、ガレージの前で止まったのである。ライトの間隔が少し狭い小型車種である。
 「今時間出て来るとしたら電話番だな。ここで待ってて。いいと言うまで絶対出て来るな?」
 長男に言い置いたイチコは、エンジンは掛けっぱなしのままで運転席から抜け出した。ゆっくり大股で彼女の車に近づく。上々のタイミングのはずだった。彼女がエンジンを切って出てきたところで、イチコは声を掛けた。
 「不二子さん、こんなところで何してる?」
 暗がりにも仰天している彼女の様が見える。
 「あ、あ、あんたぁ。だ、だれかぁ。あんた、わたし、宮ちゃんところなんかに行かないわよ。払えないものは払えないんだから。そんなに払えって言うんだったらね、弁護士を通して言ってよ。だれか出て来てぇ」
 走って逃げるかと思いきや、ガレージの上方を見上げて叫んでいるのだった。イチコはとっさに彼女の上着の襟を引っ掴んで引き寄せた。彼女は監視カメラに向かって叫んでいたのである。瞬時にして横手の扉からわらわらと出て来たのは二人。
 「なんじゃあ、こらぁ。うちの客に何さらしとんじゃあ」
 「われ、ここをどこ思うとんやぁ」
 一瞬、足がすくんだ。が、彼女の嬉しそうな顔が目に入ったイチコは、
 「この女、お宅さんのですか。それでしたら、一千万で買って頂きましょうか」
 ヤケクソで迎えた。
 「なんじゃあ、もういっぺん抜かしてみぃ、こらぁ」
 二人のうち若い方は唾がかかるほど顔を近づけて来る。
 「はっ、そっちこそ何言うとんや。この女、うちは七年から守りしとんや。借金ひとつも払わんと、そんな女をお宅さんがうちのや言うんやったら、払って頂いても筋は違わんと思いますで」
 イチコは食らい付くしかない。その隙を縫うように、
 「あんた、この人、宮ちゃんとこのよ」
 彼女はもう一人の男に助けを求め、イチコの手を振りほどこうとした。それを再び手繰り寄せたイチコは先ほどから後ろで構えているその男に目を向けた。当然ここは、ねめつける。
 明らかに格上のその男は、数秒の対峙後、ゆがんだ笑みを浮かべると、口を開いた。
 「どこの姐さんか存知ませんが、その女、お連れになって下さって結構ですよって。うちはうちの分だけ磨いてもろうたらそれでよろしおまっ」
 思わず胸を撫でおろしたい衝動にかられながら、
 「えらい、おおきに。感謝します」
 イチコは頭を下げた。
 不二子さんはイチコに捕まえられたまま、顔を引きつらせた。その表情がみるみる屈辱にゆがんでゆく。
 「ママ、この姐さんとこでしゃんしゃん励んで。それからうちのもチャッと頼んますで」
 男たちはこれしき、毛ほどの騒ぎでもなかったと言わぬばかりに、背中を見せて引き上げた。
 
 
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コメント


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奈緒さまへ

 奈緒さん、こんばんは。
 この場面、一歩間違えば抗争に繋がる場面です。イチコが看板を出して乗り込んだのならば、どうなっているか分からないところです。
 ババアの持って来たシノギを取るよりも抗争になる危機を避けた方が賢いという相手方の計算がよく見えます。
 看板とは組の名前のことですが、これをうかつに出していると、組を背負って来たと見なされて大事になることもないとはいえない、そういう事情が潜んでいます。
 不二子は基本あんな感じです、どこまでも。でももう頼るところはないですよ。金もないですが・・・・・。
 いつもありがとうございます。

紗羅の木 | URL | 2007年10月28日(Sun)08:03 [EDIT]

銀河系一郎様へ

 銀河さん、こんばんは。
 何とか間に合いましたねぇ。看板を出した不二子はボンクラですが、相手が引いてくれて助かったというところです。下手をすれば抗争ものでした。
 一千万も出して彼女を買うよりは手を引く方が賢いですが――。
 相手方の若い衆に感謝です。
 大狸(笑)の過去と宮下の過去、まずこれを粗方洗ってみないとイチコの気が済まないようです。
 いつもありがとうございます。

紗羅の木 | URL | 2007年10月28日(Sun)02:41 [EDIT]

イチコさん一世一代の啖呵キリしかとこの目に焼き付けさせていただきました。
たとえ反目といえども、ソコは裏の住人どうし。
持ちつ持たれつなところが少なからずあるのでしょうかね~。
手形を廻したりとか。
さてさて、これでおとなしくなるのでしょうか・・・・不二子さん。

続きに期待しつつ。応援ぽちり

奈緒 | URL | 2007年10月27日(Sat)23:13 [EDIT]

やったあ、大狸の首に紐をつけましたね。拍手!

上々のタイミングのはずだった、なんてあったから、あれれ、逃げられてしまうのかと思ったら、反目に対して見事に啖呵を切りましたね。
いやー、スカッとした、沙羅の木さんは高島礼子ですか!
さらに大狸が、宮ちゃんのなんて言ってかえって墓穴を掘った形も愉快でした。

問題はこの後、大狸がちゃんと払うかってことですが。ポチッと。

銀河系一朗 | URL | 2007年10月27日(Sat)22:23 [EDIT]

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