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始発駅

「イチコの選択」では大変お世話になりました。無事連載を終えた今、このブログで何ができるのかを考えています。のんびりお付き合い頂ければ幸いです。

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ミスキャスト(35)

 「七年」にイチコは不思議な因縁を感じた。
 自分だけでなく宮下はじめ浅見と不二子さん、七年を起点にこの四人の星が交わってしまったような、イチコが受けたのはそんな感覚だった。起きてしまった過去の事実を拾い集めるからこそ、そうした感覚に陥るのかもしれない。が、過去を現在の位置から見るということはその軌跡がよく見えるということでもある。その過去の軌跡がこの先、あえて全てを呑み込むという最後の選択をイチコにさせるのである。

 浅見の百万の話は弁済者に偽りはあったが、イチコには幻とは思えなかった。いや、七年を起点に星が巡り会ったのならば、幻であるはずがない、というべきかもしれない。
 七年は宮下も苦しい年だったはずなのだ。子分に持ち逃げされたり、不二子さんの亭主にうたわれたりと災難続きだった上に、上納金だの義理ごとだのと一般人より一桁違う付き合いをやって行き、まだ自分の見栄もはらなければならないのだから、金策に苦しんだとしても当然の結果である。
 そして八年、またパクられて不二子さんにうたわれた年である。宮下の経済状況は悪化の一途だったのではないか。そんな背景で起きたキャバクラ事件。最後のガサ入れでやたら刑事が別れた理由を聞きたがっていたこともイチコは気になっている。
 実はマスターは自殺ではなく、宮下が取り返しのつかない罪を犯したのだと仮定するなら、それに見合うだけの見返りがあったはずである。宮下は何もないのに動くような男ではないのだ。
 「あの事件、いつごろのことだったかな」
 「あの事件って?」
 「自殺したっていう事件」
 「あんた、あの子とそれがなんか関係あるの?」
 「いや、関係はない。こんどはあの事件について聞いてる。マスターの彼女から聞いたって言ったよね。そのとき何か言ってなかった?」
 「分からないわよ。わたしが聞いたのは保険会社に行き出してからよ。彼女にばったり会って教えてもらっただけなんだから」
 「その彼女には今も会ってるの?」
 「えっ? あれから会ってないわ。それにもう会えないと思う。だってもう連絡がつかないんだもん。そのとき、いい保険があるからまた考えといてって言って別れたんだけど、家に行ってみたら引っ越した後だったの。わたし、ひとつだけ保険に寄ってもらってたんだけど、それも解約してるんだもん」
 「マスターの借金は? うちのに借りてたんじゃなかった?」
 宮下のことだから必ず回収に向かっているはずなのだ。
 「借金? あ、それはどうしたか知らない」
 「それこそ、あなた、保険は? このご時世に筋者でないなら一件くらい契約してたでしょうが」
 「あ、うん。マスターいくらか保険に寄ってたって。そうよ、マスターの保険金で払ったって社長が言ってたわ。宮ちゃんが借用証書を持って来たからって。いくらあったのか知らないけど、ほとんどそれに取られたから娘さんには何にも残らなかったらしいわ。おかげで娘さんは苦労してるみたい」
 イチコは口には出さなかったが、気分はビンゴに近いものであり、ピースの揃わないパズルが少しずつ埋められて行くような手応えを感じていた。
 彼女の話が嘘かどうかは、これだけ具体的に対象が出ているのだから調べればすぐ分かることである。これはモノホンに違いない、とイチコは感じた。彼女にいつもの嘘を吐くときの考えながらことばを継ぐおかしな癖がないのだ。
 また事件当時も今までも彼女が持っていた情報がこれだけならば、警察はとっくに手に入れていると見るのが妥当であった。むろん浅見のことは除いてであるが。
 ただし板金屋がどこの誰なのか分かれば、浅見の百万の話も確認を取るのは容易である。
 イチコはこの板金屋に心当たりがあった。会ったこともなければ話したこともない。が、七年以降の確かな記憶として不二子さんから一件、商業登記の相談を受けたことがあるのだ。
 銀行の融資を受けたいが設立目的にそれに値する項目がないため大至急追加登記をしたい。が、どこの司法書士も一週間かかると言うのでどこか紹介を頼む、彼女はそう言って来たのだった。イチコが紹介したのは言うまでもなくいつもの先生である。ここなら緊急のものは他を放り出してでも片付けてくれるのだ。イチコの紹介であれば、特に早いはずであった。
 紹介の御礼と報告をもらったとき、その社名が先生の口から出たのをイチコは記憶していたのである。
 いつの登記だったのかは法務局まで行かなくとも、先生のところに行けば記録が残っているのだから慌てることはない。ここに行けばたとえ現在廃業していたとしても、社長の名前も住所も分かるはずである。 
 「その板金屋、ひかりって言うんだろう」
 イチコがそう言うと、彼女はきょとんとした。
 「そうよ。あんた、何で知ってるの?」
 彼女のこの対応も事件にはまったく無関係であることを表していた。
 あまりに古い話なので忘れていたとしても不思議ではない。イチコでさえ、忘れていたのである。ただ門外不出にしていたために当時の鮮度のまま残っていたに過ぎなかった。
  
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コメント


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銀河系一郎様へ

 銀河さん、こんばんは。
 この事件、宮下自身、進退に危機感を感じていることは言動に出ているのですが、お口ですね。イチコから生活費を取り上げたときの屁理屈にもそれがよく出ています。口がとにかく達者です。これで生き抜いて行くと言っても過言ではないです。取調べもたいていこれで通過して来たのではないかと。潔くなんて、できないし、トリックを使わずとも「疑わしきは罰せず」にすがっておくらしいです。
 いつもありがとうございます。
 

紗羅の木 | URL | 2007年10月30日(Tue)07:24 [EDIT]

奈緒さまへ

 奈緒さん、こんばんは。 
 端から保険金が降りることを知っていたかどうかの問題が残りますが、結果としてそういう形になった、というところですね。
 問題はやはり、奈緒様がずっと怪しんでいたとおり、浅見です。この男が知っていることが分かればよいのですが。裏のメシを食った奴は嘘は吐く、口は割らないで困りますな。
 何か宮下を飛び上がらせるよい方法はないかな、と思案しています。
 
 

紗羅の木 | URL | 2007年10月30日(Tue)02:35 [EDIT]

警察も情報を入手していたとの記述からすると、真っ先に宮下は疑われている筈ですよね。
とすると保険金殺人まで事件が広がる可能性は低いか?
それとも、巧妙なトリックが仕掛けられていたのか?

とりあえずは百万の追求ですね。
ポチッと。

銀河系一朗 | URL | 2007年10月29日(Mon)23:55 [EDIT]

ふむふむ。
事件は一転まるで推理小説のように。
回収に困った宮下が、保険金殺人をもくろんだのではないか!?
イチコはそう考えているようですね。
そして浅見はそれを知っている。
総合するとそう言う解釈ができそうです。
多分・・・・・・・。
応援ポチット

奈緒 | URL | 2007年10月29日(Mon)23:15 [EDIT]

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