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始発駅

「イチコの選択」では大変お世話になりました。無事連載を終えた今、このブログで何ができるのかを考えています。のんびりお付き合い頂ければ幸いです。

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ミスキャスト(38)

 ふと後ろの離れた席にいるしかめっ面の長男に目をやったイチコは、手を振ってこちらに来るようにという合図を送った。何か拭うものを貰って来てもらおうと思ったのである。が、その必要はなく、淡いピンクのエプロンを掛けたウエイトレスがおそるおそるやって来て、オシボリを数本テーブルに置いて行った。
 イチコにオシボリを押し付けられた不二子さんは、我に返ったように顔を拭くと辺りをきょろきょろしながら自分の服をはたいた。胸元から肩のあたりが少し濡れている。袖は顔を押し付けていたせいでまだらに濡れていた。
 「おまえ、少し口に気をつけろ」
 イチコは諭すように言った。
 「だって、あんた。増えるのを書けって言うし。あの三百だってしてもらってないし」
 言いながら彼女は再び駄々っ子のようにくしゃくしゃの顔になった。
が、何を言おうと相手にしないイチコの反応に返って開き直ったようである。
 最後の手段のつもりなのか、いきなり泣き落としのような口調で彼女は語り始めた。それは語るというよりも、恨みをぶちまけるというたぐいのものであり、その内容こそ、イチコが欲していた情報に値するものだった。
 宮下と彼女の付き合いは、宮下がこの街に流れついた頃からのものであった。
 「うちに毎日ごはん食べに来てたじゃない、あの人。食えるようになるまでずうっとそうだったんだから」
 イチコは聞きながらひそかに深呼吸を繰り返していた。何か行動を起こす前にいつもする用意などではなく、彼女の言っていることを落ち着いて吟味するためである。
 やがて宮下が金融を始めた頃に話が及んだ。時代は昭和の後期から平成にかけてである。宮下の悪い話をヨメに初めて明かす彼女は、積年の恨みを込めるかのように話した。その声にはしだいに熱がこもって行き、宮下のもうひとつの過去が暴露されたのである。
 「あたし、あんた方のおっさんに松木のことでひどい目に遭ったんだから。金融始めるっていうから、よそで借りてる松木をわざわざ宮ちゃんところに借り換えさせたのよ。なのに宮ちゃんったら、なっがい間手形を取り込んで。マンションまで売って払わされたんだから。あんた方のおっさんがきったないの、有名なのよ」
 これがおそらく彼女の最後の切り札であり、地獄行きの始まりはここだったのだ。
 宮下のところに行くことを異常に拒み、イチコへの支払をも拒み続けた理由がこれだったのである。
 宮下は当時松木を客に持ったことで、相当儲けたことになる。 
 当然頭に来た彼女は、七年からではなく、前年の温泉旅行から巧みにイチコと親睦を温めることを考え、金を引き出すことを狙っていたのであろう。彼女は宮下の強引な高利貸しの仇をイチコでとったということである。
そしてイチコにとっては皮肉なことだが、彼女のこの話を新たな真実として受け入れることによって、過去の全てに筋道が通るのだった。

 彼女が誇らしげに語っていた宮下を訴えるための材料とやらは、松木の話が済んだ頃に水を向けてみたのだが、イチコには馬鹿らしいくらいのものだった。
 それは宮下が高金利をふんだくったという証拠ではあったが、刑の執行をとっくに終えている古いものだったのである。一度刑が確定してしまえばそれ以前の罪は後から訴えても意味はないのだが、彼女は大真面目で使えると思っているのだった。
 「あなた、内容は言わないで証拠を握ってるって、ずっと圭ちゃんにひけらかしてきたでしょ?」
 イチコは松木の話から、真相はこれしかないと思ったので彼女に聞いてみた。
 「うん。だって宮ちゃん、そうしないと何をするか分からないじゃない」
 思ったとおり、彼女はけろっとして答えたのだった。
 そんなことは知らない宮下は今でもてっきりキャバクラ事件の証拠だと思い込んでいるに違いなかった。イチコが頻繁に怒鳴り込まれ、最後にあれだけ傷つけられた原因のひとつはこれだったのだ。

 長い間イチコが悩まされ続けた宮下と不二子さんの関係は悪事と勘違いを巡っていつも喧嘩の絶えない夫婦関係に似た、実に奇妙なものだった。
 何がショックと言って、最初から二人の間に自分の居場所などなかった、そのことがイチコには一番のショックだった。叶うことならイチコは宮下を捕まえてバカめと罵倒してやりたい気分であった。
 
 金が全てではないとは言え、金がなければ何も出来ない。そうした意味では宮下は最後を除いて、一度もイチコを裏切らなかった。
 にもかかわらず、自分に見せる姿とは違うものをイチコは早くから宮下に嗅ぎ取っていたのだ。こういう既成事実があったからこそ、何も知らずとも匂ったのかもしれない。男と女がひとつ屋根の下で暮らすというのはそういうことでもあるのだ。
 「おまえはおれの仕事が分からなあかんのや」
 以前宮下がそんなことを言っていたのをイチコは覚えている。これは口を出すなというよりも、もっと違う意味で宮下が使っていたということにイチコはやっと気付いたのだった。
 
 
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コメント


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銀河系一郎様へ

 銀河さん、こんばんは。
 さすが、鋭いですねぇ。対決はもうこりごりなので、息子が替わります。
 彼がやんわり、ペロッと一言で片をつけてくれるシーンをチョイスさせて頂きました。
 できればエビローグと完結のごあいさつも一挙にアップしたいのですが、間に合うかどうか、といったところです。
 いつもありがとうございます。

紗羅の木 | URL | 2007年11月02日(Fri)11:25 [EDIT]

奈緒さまへ

 奈緒さん、こんばんは。
 そのことについては、どこかに書いた覚えがあります。どこだか探せと言われると困りますが、三百をくれと初めて言われたあたりではないかと―――すでに探す気力なしですが(笑)
 端から現金で弁済する気がないから、イチコには領収書を預けていたのだと思います。
 その非常識な考えが揉め事に繋がって行くのですが。
 また、地獄も底が近くなると、汚く歪まざるを得なくなります。することなすこと意識せずとも悪意に満ちたものに移行することになるという、不良債務者の心の推移については随所で触れた記憶があります。計算づくでは描けない心理描写のため、いろんな視点で考えて頂けるのは非常にありがたいです。
 次回で完結となります。いつもありがとうございます。
 
 
 
 

紗羅の木 | URL | 2007年11月02日(Fri)11:15 [EDIT]

そうでしたか、そもそもの始まりは、宮下が不二子に松木を紹介させたことだった。
そこから不二子の転落が始まったわけですね。
とすると、一番悪いのは宮下ということ。

毎回、ジグソパズルの小さなピースをくるくるまわすように読んできましたが、今、「裏社会との決別」という絵が、ピタリと出来上がった感じがしました。お見事です!

後は対決のシーンがあるのか、エピローグ風に流すのか。
沙羅の木さまの筆を待ちます。ポチッと。

銀河系一朗 | URL | 2007年11月02日(Fri)00:17 [EDIT]

急に温泉に誘ったりした、あのときにに話はつながってきましたね。

なるほど、結局宮下とのいざこざが原因で、不二子の歪んだ復讐心がイチコに向いたのですね。
ただそうすると、はじめから不二子はイチコのお金を返す気が無かったということになりますけど、何故そこに浅見を巻き込んできたのか・・・・・・。
これ以上お金を搾り出せないと思った不二子は、浅見から金をイチコに返すことによって、300万を引き出したかったということなのかしら・・・・・。

応援ポチット

奈緒 | URL | 2007年11月01日(Thu)23:42 [EDIT]

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