始発駅

「イチコの選択」では大変お世話になりました。無事連載を終えた今、このブログで何ができるのかを考えています。のんびりお付き合い頂ければ幸いです。

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ミスキャスト(39)

 彼女が過去宮下にいくらやられたとしても、またそのおかげで自分が少しでもいい生活をさせてもらったとしても、端から嘘を吐いて来た彼女に同情の気持ちなどイチコは湧かなかった。世話になった人間を裏切る宮下も汚いが彼女だって同じくらい汚いのだ。
 ここまで二人の関係が分かった以上、キャバクラ事件を訴える意味も感じなくなったイチコは、今までどおり似た者どうしで勝手な思い込みを巡って牽制し合って行けばよいではないか、と思っている。
 宮下が罪を犯しているのなら、必ずどこかでボロが出る。出なくても、まともな最期を迎えることはないであろう。回り出した歯車が止まることなどないに等しいのだから。
 僅かな隙間しかない落とし穴だったのにドジを踏んで堕ちてしまったような、イチコはそんな気分だった。

 不二子さんは切り札を出したことで気分が落ち着いたのか、その表情には達成感さえ見て取れた。
 「騙す気なんかなかったのよ。あのころあんたが法律やお金にくわしいって知らなかったし。払えると思ったのよ。借用証書だって後でまとめて書こうと思ったの」
 言い訳にもならない支離滅裂の泣き落としだった。
 「あなたってなんでいつも男の世話をするの?」
 世話をしたところでどの男にも完璧に裏切られているのだから、それを性懲りもなく続けるところがイチコには不思議なのだ。
 「あたし、情けない男を見たら可哀想になっちゃうのよ」
 バブルの遺産で金を甘く見たのか、単なる女親分気取りなのか、あるいはシングルの寂しさを埋めたかったのか、どこかずれているとしか思えないセリフである。そのずれたところが宮下だけでなく男たちの目に止まって鴨にされたのであろう。が、もちろん本人は気付いていない。
 「で、どうなの。もう公正証書も借用証書もやりたくないって?」
 「うーん、だから今のがあるじゃない。あの子が文句言って来たって放っとけばいいじゃない。わたし、そうして欲しいなぁ」
 そう言うと彼女は仔猫が甘えるように首を傾げて見せる。
 ちょうどそのとき、
 「まだかよ」
 イチコの背中で声がした。長男だった。
 明るくなった外の景色と、こちらの話が少し落ち着いて見えたのとで帰ることを焦り出したらしく、いつのまにかそばまで来ていたのである。
 「いや、もう少し待って。このおばちゃんに家を借りる時の保証人を頼もうと思ってる」
 「あんた、わたし、しないって言ったじゃない」
 彼女は急に普通の口調に変わった。
 「おばちゃん、してくれないと俺ら困るやん。金も返さんのやろ? おれ知ってるぞ。おれらが小さい頃からずっと借りに来てたやん。嘘ばっかり吐くんやったら全部お兄ちゃんに言うぜ」
 お兄ちゃんとは他県にいる彼女の息子のことである。
 長男が来たことで自分の出番がなくなった事に気付いたイチコは思わず笑った。
 彼女は、んまあっ、と言いかけた口を閉じ、
 「あんたに免じておばさん、してあげる」
 にっこり微笑んだ。
 「よし。じゃ、印鑑証明書だけ早めに用意しておいてもらいましょうか。また気が変わったなんて言うな。これ以上迷惑を掛けてうちの息子を路頭に迷わせたら承知しないで」
 イチコは即座に立ち上がるといつものように伝票を持ってキャッシャーに向かった。決まれば長居は無用であった。

 外はすっかり夜が明け、東の空がきれいな桃色に染まりつつあった。
 「おれ、今日は休むわ。出席率まだ余裕あるし。家を探そう」
 助手席に乗り込んだ長男が言った。
 車窓から眺めていると、少し遅れて出て来た不二子さんが自分の車に向かって歩いて行くところだった。その表情にいつもの生気はなく、長かった一日の疲労がにじんでいた。
 「さっきはありがと。助かった」
 イチコは少し遅い礼を長男に言った。
 「オメエ、もうこれで何もねえだろうな? オジイの事といい、次々、もういらねえぞ」
 長男はシートを倒しながら応える。
 「もうないよ。膿は全部出たんだから大丈夫さ。足を洗えば義理に気張ることもなくなる。ババアともあと少しの辛抱だ。早く家を探そう」
 引越しが終われば、もう付き合う気はなかった。金よりも先の平和を選びたい。
 「何かあったら援助してや? あのクソババアに迷惑をかけるのだけはごめんだからな」
 イチコは笑いながら助手席に声をかけた。
 店を出た車は、東雲(しののめ)の方角に向かっていた。
 少し遠回りになるが、久し振りに朝焼けを拝むのも悪くない。これから新たに迎える日々のためにイチコはそう思った。
 朝焼けに向かって走り抜けて行くイチコの愛車に桃色の光が反射してきらめいていた。

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コメント


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ベッキー様へ

 ベッキーさん、こんにちは。
 ぶっちゃけた話、イチコはまもなく完結を迎えます。遅くとも今夜中には完結の予定です。
 ここであなたのリンクをお受けしたら、また違うものをひねり出さなければならなくなるじゃないですか(笑) しばらくは抜け殻でいたい(笑) 
 次回作を書くとしても、このブログは整理しないと収拾がつかなくなりそう――ただいま悩んでます。いずれご相談にあがろうと思っていた矢先でした。なのでそちらに伺います。
 いつもありがとうございます。
 

紗羅の木 | URL | 2007年11月02日(Fri)11:41 [EDIT]

沙羅の木様!こんにちは~~
「小さな恋の物語」のベッキーです(*´д`*)ハフーン
なにげに。ブログが続きそうなので、リンクを貼らせて頂きたいのですが?
よろしいでしょうか??

ベッキー | URL | 2007年11月02日(Fri)11:06 [EDIT]

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