始発駅

「イチコの選択」では大変お世話になりました。無事連載を終えた今、このブログで何ができるのかを考えています。のんびりお付き合い頂ければ幸いです。

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巌爺さん交遊録2の1

 巌爺さん所有の敷地は車道に沿って長く水平に伸びている。左に二階建ての母屋、右に約八畳分のプレハブ住宅が建ち、その間に普通車五、六台分ほどの駐車スペースと長屋代わりの倉庫が建てられている。
 プレハブの中はドアを開けてすぐ左半分が土間、右は床上げを施されていて、ガラス戸を開けると和室になっている。
 駐車場とプレハブが建っている敷地はもともと巌の店と作業場のためのものであった。数年前廃業したのを機にそれらを全て倒してしまい、プレハブはそのときに建てたものである。 
 このプレハブの和室で巌は寝起きしている。電化製品も小型冷蔵庫を筆頭に不自由しないだけのものは揃っている。いわばちょっとした離れの感覚である。
 女房の文代はというと母屋で寝起きしている。食事時になると巌の方から駐車場を横切って母屋に出掛ける。他に母屋に出掛けるとしたら用足しに行くくらいだが、それとても戸外にある厠を使うなら母屋に足を踏み入れることはない。
 一見家庭内離婚のような生活だが、用があると言えばお互い応じ合うのだし、当人たちにはまったくそんな気はない。
 この空間を分けるような生活形態は、永年自営業だった巌と勤め人だった女房が共同生活をしている間にいつのまにかついた習慣であり、自然の成り行きだった。
 もう少し齢を取れば考えなければならないが、お互い元気な間はこれでよいと思っている。
 そういう巌も若い頃勤め人だった経験がある。先代が亡くなったのを機に四十代で退職して跡を継いだのであるが、先代の稼業は自転車屋であった。跡を継いだ巌が、すたれる一方の自転車屋を続けて来れたのは、特殊の才能と言えるほど手先が器用だったためと、場所が片田舎だったためである。
 そのため自転車の組み立てだけでなくさまざまな修理の仕事が舞い込み、一人で飛び回るにはいくら体があっても足りないくらい多忙だった。
 そんな具合だから、店をしている時はシジミ採りに行っても今ほどゆったりとした気分にはなれなかった。現在の、自然とともに時が流れて行くような生活、これがしたくて店をやめたようなものだった。
 むろんこんな片田舎のことである。店をたたんだからといってぴたりと仕事を頼まれなくなることはない。今でも止むに止まれず引き受けることはよくあった。根っからの職人気質の巌は貴重な存在なのだ。プレハブの半分を土間にしているのはそのためであった。
 土間の棚には生活を支えて来た工具から、うっかりすると廃材にしか見られないようなものや小型のモーターなどありとあらゆるものがあふれており、棚に収まりきらないものは直に置かれて土間の半分を占めている。初めて訪れた者はまずこの山に目を奪われる。しかしよく見ると、紛れたら困るような細かいものは輪ゴムなどでまとめてあり、本人の視点内では整理されていることが分かる。
 バンク貼りなどに必要な水はプレハブの入口に取り付けてある水道から汲んで来る。巌が収穫して来たシジミを洗うのもこの水道である。
 また仕事の依頼のためだけでなく、ここで水を使っていると町や村のいろんな人間が車を止めて話をして行く。
 何とか食って行けていろんな話を聞くことができる。それは巌にとって至福の時でもあった。
 とはいえ、世の中にはいろんな人間がいる。訪ねて来る者もさまざまなら、持ち込まれる話もさまざまである。ことと場合によっては不本意なことにも巻き込まれる。
 しかし巌はそんなことは致し方ないと思っている。なにせこの地に根を下ろすことにしたのは、とっくの昔だった。

 猛暑の朝、水道の蛇口からホースを引き、打ち水をしていると、
 「よう。イワさん」
 親しげにやって来たのは、ごく近所に住んでいる村長の猪下(いのした)であった。
 猪下は、村で困ったことがあると同い年の巌爺さんのところにやって来る。
 猪下は養子でこの村に入って来た男である。その分、同い年の巌には話がしやすいのだった。
 また何か聞かせにやって来たな、と巌は思ったが、
 「おっ、おはようさん」
 手を休めることなく、にっこり微笑んだ。
 村長という役職もなかなか立候補者がいないのである。いまや猪下はこの地に生まれた者よりも熱心に村の世話をしていた。その貢献度だけは評価してやらねばならなかった。
 「なんとまあ、朝から暑いこった」
 そう言いながら猪下はプレハブの入口をさらりと開けて、中に入った。
 しょっちゅう来ているので猪下は慣れたものである。がらくたにしか見えない山の中から、いつも座らされる椅子をすぐ探し当てた。椅子といっても浴室ででも使うような代物である。
 巌を訪ねて来た者は決まってこの腰掛に座らされ、土間で膝を突き合わせて話をするのである。少し狭いが夏はクーラーがかかるし、冬は電気ストーブがつくのだから不自由はない。
 猪下は巌の水撒きが終わるまで待つ所存で、椅子に座り込んだ。
 
 
 
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コメント


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ぬこ&えふぃ様へ

 ぬこさん、こんばんは。
 田舎の村社会。書く方が追いつかなくて自分ではあまり気にとめてませんが、参考になるのであればとても嬉しいことです。
 気を遣っている事と言えば、景色とか社会構造よりも、相手に対して発することばですか。とくに相手が困っているときなどに発することばが難しいです。田舎の人と街の人では全然違う気がしています。
 田舎者はまったりだと言えばそれまでですが、それだけではないと思ってます。
 とにかく、「イチコ」のリズムでは描けないようなので、シマッタ、と思う今日このごろです(笑)
 いつもありがとうございます。

紗羅の木 | URL | 2007年11月25日(Sun)19:34 [EDIT]

 紗羅の木さんが田舎で村社会な世界を描き出してくれるので、面白く読んでます。
 いま自分が求めるのはそんな世界だったりします。

ぬこ | URL | 2007年11月25日(Sun)17:51 [EDIT]

銀河系一郎様へ

 銀河さん、こんばんは。
 パンク貼り、わたしなどしたこともないです。不器用なのでもっと悲惨な結果に終わりそうです。 
 銀河様が悪戦苦闘していらっしゃるところ想像がつきませんが――
 パンクってパンクロックですか?
 それなら大の好物なのですが(笑) ファッションは一応遠慮しておきます。
 いつもありがとうございます。
 

紗羅の木 | URL | 2007年11月23日(Fri)09:23 [EDIT]

奈緒さまへ

 奈緒さん、こんばんは。
 それがたいした内容でなかったりします。田舎が舞台ですから・・・・・
 今回は日常のリアリティを出すために、二段構えで行きたいと思います。
 例によってまだ大まかな構成しかできてないくせして書き始めたので早くも詰まる気配を感じてます。
 短編はムズイですね。また悪あがきの始まりのような(笑)
 いつもありがとうございます。
 

紗羅の木 | URL | 2007年11月23日(Fri)09:12 [EDIT]

巌爺さん、なんでも修理屋ですか。

先日、古い自転車のチューブを交換しましたが、だめでした。一応できたのですが、どこかに傷つけて、また洩れて
しまう。チューブをタイヤの皮?の下に押し込むのが
意外と大変なんですよね。
その時に工具で傷をつけたらしい。
水に沈めて見つけた傷にゴムを貼ってもう一度チューブを
はめて、よしと思ったら、しばらくしてまた空気漏れ。

もう、見たくなくて放置(笑)

バンクってパンクかな。ポチッと。

銀河系一朗 | URL | 2007年11月22日(Thu)22:58 [EDIT]

そうですか~。巌爺さんは自転車屋さんだったんですね。

ところで、猪下が持ち込んできた話は、どうやら"不本意なことにも巻き込まれる"タイプのものかもしれませんね。

たいした話でなければ、水まきをしているところで話せばいいですもんね~。

腰を据えて話さなければならない内容とは、いったい何なのか!?

応援ポチット

奈緒 | URL | 2007年11月22日(Thu)21:44 [EDIT]

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