始発駅

「イチコの選択」では大変お世話になりました。無事連載を終えた今、このブログで何ができるのかを考えています。のんびりお付き合い頂ければ幸いです。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

巌爺さん交遊録2の3

 母屋の電話が鳴ったのは巌が引き上げてからであった。
 電話を受けた文代は受話器を下ろすと横に置き、すぐ母屋を出た。駐車場を横切って離れに行き、
 「イワさんを頼みます、それしか言わないのよ」
 和室から出て来た巌に文代は不安げに囁いた。
 「誰の声かも見当つかんかったかな」
 「うん、それが村の人だったらたいてい分かるつもりなんだけど、きょうははっきりしないのよ」
 駐車場では所有者の分からない車のボンネットが、朝日を浴びて眩しく光っている。
 電話の主はこれだ、と巌は直感した。
 「よしよし、わしが出てみる」
 ゆったりと母屋に入ると電話を取り上げる。
 巌の応答に相手はすぐ名乗った。驚いたことに電話の主は、先日猪下と噂したばかりの中田であった。
 「イワさん、すまん」
 中田はまずそう言った。
 「うん? ナカさんか、どうかしたかな」
 「車。悪いがちょっと預ってくれんか思ってな。勝手に突っ込んでおいて何だけど、ついイワさんならと思ってな。ゆうべ遅くに置かせてもらったんよ。誰にでも頼むわけにいかんかったもんでな」
 そこで中田が詰まり、巌は二度めの驚きをあらわにした。電話の向こうで中田が泣いているようなのだ。
 「ナカさん、あんたの車かな。分かった。わしゃやばいものでなかったらそれでええんよ。預っとくから、その代わり早目にどかしてくれよのぉ」
 中田はすまん、と繰り返し、電話は切れた。
 ゆうべといえば、巌は離れの和室にこもっていたにもかかわらず、大好きな格闘技の中継を観ていた。おそらくそれで気付かなかったのだ。
 巌はそばで聞き耳を立てている文代にどう説明したものかとしばし考えたが、何も分からないのだから説明のしようがない。
 「ちょっとナカさんところに行ってみるかの。文さん、このことは誰にも内緒よの」
 文代にそういい残すと巌は離れにもどった。
 中田の様子が無性に気になっていた。どう考えても巌には揉め事を抱えているとしか思えないのだ。それなら車を預る以上知っておかねばならない、と巌は考えたのだった。
 手ぶらで行くのも何だからと冷蔵庫に保管しているシジミの小袋を出して来ると、気が急く巌はカブにまたがって田舎道を駆けた。
 シジミは収穫日から丸二日は経っていたが、小袋に入れて密封するという望ましい保管方法だからどうということはない。下手をすれば魚屋のより鮮度がいいくらいである。
 巌が呼び鈴を鳴らしても中田が出て来る気配はなかった。
 中田は寝室のベッドに座ってぼんやりしていたのである。例の車を巌の駐車場に止めてからというもの、テレビもつけたままほとんどそうしていた。今も寝転んだ状態で見れるように設置された大画面のテレビだけがものを言っている。
 玄関に佇んでいた巌は家の裏側に回り、
 「ナカさんよ」
 と大きな声を張り上げた。中田の意識が動いたのはそれからである。
 訪ねて来たのが巌だと知った中田は慌てて裏口のドアを開けた。
 「おっ、おったかな」
 巌は、ふふ、と笑い、
 「ナカさん、これくらいあったらええよの」
 シジミを持ち上げて見せた。
 「イワさん、すまん。入ってくれるか」
 「うん? 入らせてもらってもええかの」
 「ええんよ。もう、なにを言うかの。むさいことしとるけど入ってくれ」
 巌が訪ねて来ることは予想外であったが、人恋しさは殺せなかった。
 巌を居間に招いた中田は台所に行き、巌から渡されたシジミを冷蔵庫に入れると、慣れた手つきでガラスコップ二つに冷えた麦茶を注いだ。家の中には中田の他には誰もいないようであった。
 居間には仏壇があり、線香立ての横にはさほど大きくない亡妻の写真が立て掛けられている。巌はその仏壇と向かい合う形で卓上テーブルに腰を下ろした。
 やがて戻って来た中田が巌の正面に座る。ちょうど背後の仏壇を背負うような格好である。
 巌は受け取った麦茶を一口含んで置いた。
 「ナカさんよ、あの車、ほんまにナカさんのよのぉ」
 女とトラブッているならそれを聞きたい巌だったが、こんなことばしか出て来ない。
 「おお、わしのよ。名義はわしになっとる」
 中田は額面どおりに受け取ったらしく、しっかり頷いた。
 女のものなら預るわけに行かないと考えていた矢先だったので、巌は少し安心した。が、それが分かっただけでは帰れなかった。
 「イワさん、わしゃばちが当ったんかもの。悪いが車はもう少し置かせてくれんか」
 中田はそう言うと背後の亡妻を振り返った。どうやら村の者が噂していることに勘付いているようであった。
 
FC2 Blog Ranking 
 
ブログランキング・にほんブログ村へ  
 

 
 
 
 
 
 
 
 
スポンサーサイト

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する
 
管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

| | 2008年02月12日(Tue)15:16 [EDIT]

HIRO様へ

 HIROさん、こんばんは。
 お返事、大変おそくなりました。
 どんなヒロインを好むかは人それぞれですが、現代の女性が強くてたくましい、と思えるとしたらそれは外見のことではないでしょうか。心の中は外見ほどではなく、全く違う思いを抱いている女性も多くいると思いますよ。
 女がたくましくなったという表現の中身を強いて分かり易く言うならば、何か不幸に直面した時、諦めるのではなく、我が身を鼓舞することを覚えたということだと思います。
 強いヒロインだとか、奇想天外な物語が好まれる傾向にあることは確かですが、それもゲーム、特に映像が発達してきた現在ならではの傾向かもしれませんね。
 でも、文章ならではの可能な表現、それが小説の醍醐味とも言えるはずです。
 面白さを求めるあまり忘れ去られたものも多々あるような気がします。
 生身の人間を表現したい書き手さんにとっては、非常に苦しい時代になりましたが、HIROさんにはへこむことなく頑張って頂きたいと思います。
 本日はご訪問&コメント、ありがとうございました。
 
 
 
 

紗羅の木 | URL | 2008年01月25日(Fri)03:56 [EDIT]

ブログ訪問コメントありがとうございました

沙羅の木さま、
巌爺さん引き続き読ませてもらいましたが、一本筋を通す、頑固だが人を助けるために動き、優しいところもあるというキャラが実に繊細に描かれていて感動しています。
ともすればお爺さんという地味な人物を鮮やかに生き生きと田舎の光景を交えて書いておられて素晴らしいと思っています。

雨宿りの幸せ読んでいただき温かいコメントありがとうございました。
雨宿りの幸せのヒロイン真理子はちょっと今の時代にふさわしくないおとなしめの古風な感じです。
音大助教授の誠一郎を好きで仕方がないけど、それをいえない、ですが、誠一郎との会話のちょっとしたところに想いが現れている、そういう女性を書きたいと思っていました。
僕の一番好きな小説です。

ある方から今の女性は強くたくましく生きてゆく話でないと
王道とかべたで興味を惹かないとコメントがありましたが
僕が考えている理想の女性と異なって現実はまったく違った女性と結婚したこともあるのでしょう。

でも、NTVの働きマンの弘子は(菅野美穂)豪胆社週間時代の雑誌記者で仕事モードに入ると数倍のエネルギーで片付けるほどですが、恋人の新二と会うと四年も付き合っていて、なのに好きともいえない純粋で優しい女性に変わる、そこが男性からみて愛おしくなる、そういうドラマも依然として人気があります。


HIRO | URL | 2008年01月23日(Wed)12:17 [EDIT]

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

| | 2008年01月16日(Wed)01:13 [EDIT]

HIRO様へ

 HIROさん、こんばんは。
 お返事、大変遅くなりました。
 高齢者とおっしゃっておられますが、それだからこそ持てる視点というものもおありなのではないでしょうか。
 齢を重ねるということが必ずしも不利だとは言えない、そんな作品をぜひ描いて頂きたいです――豊かな経験は必ず作品を生かしてくれるものだと思いますので――若い世代に心温まるメッセージを贈ってやって下さい。
 
 たいした大志もなければ夢を抱いているわけでもない、ひたすら怠け者で作法知らずの管理人ですので、巌爺さんの行末は今のところ未定です。そろそろ腰を上げなければヤバイかな、という気だけはあるのですが・・・・・。
 頼りない管理人です。
 こちらこそよろしくお願い致します。本日はほんとうにありがとうございました。
 
 
 
 

紗羅の木 | URL | 2008年01月14日(Mon)22:08 [EDIT]

巌爺さんの交遊録とても面白いです

早速僕の作家のブログを訪問してくださってとても親切なコメントありがとうございました。
巌爺さんの交遊録、大変興味深く読ませていただいています。巌爺さんと中田さんの人間の細かい心理が丁寧に描かれていて立派な小説と感心しました。
巌爺さんは次にどんな人物と交友があるのだろうかと読んでいるうちに興味が出ていて、加えて話の運び方も読み手を場面に誘い沙羅の木さまは立派な作家になられると思います。

僕は二年前最初、シナリオを書くことから初めて小説を書きき、昨年7月自費出版をしました。
もう高齢者なので、かっての初恋の想い出を綴った「愛は時を越えて」短編「けだるい夏の日」「終電車」収録しています。

「意表」「雨宿りの幸せ」もそうですが自分が32歳で結婚
し、女の子の付き合いも今のように合コンもなかったので若い人の小説書きたくても書けずどうしても27~33歳ぐらいになってしまいます。テレビドラマ見て研究していますが。
どうか今後ともよろしくお願いいたします。

HIRO | URL | 2008年01月14日(Mon)13:31 [EDIT]

お詫び

誤って重複投稿をしましたことをお詫びします。

HIRO | URL | 2008年01月14日(Mon)13:03 [EDIT]

奈緒さまへ

 奈緒さん、こんばんは。
 哀愁、次回にはバッチリの予定です。というか、これからアップなのですが。
 なんとか原稿が上がりました。
 もうこりごりなのですが、見てやって下さい(笑)
 今回は前回よりも一日分長くなりそうです。
 いつもありがとうございます。

紗羅の木 | URL | 2007年11月25日(Sun)22:18 [EDIT]

老後の一人暮らしは寂しいっていいますよね。

たまに顔を出してくれる巌爺さんには中田も心を許しているようですので・・・・・。

次回はこの哀愁の意味がわかるかも!?

応援ポチット

奈緒 | URL | 2007年11月25日(Sun)21:34 [EDIT]

銀河系一郎様へ

 銀河さん、こんばんは。
 奥様に先立たれた男の方にときどきめぐり合います。こんな感じかなぁ、という作者の勝手な表現です。
 中田の心理を優先して描いてみたいと思っていますが、これがなかなかムズイです。
 巌にパッパッと片付けさせる手もありですが――
 いつもありがとうございます。
 

紗羅の木 | URL | 2007年11月25日(Sun)12:38 [EDIT]

アクセス数を上げるために当コミュニティサイトに登録しませんか?
http://blog.livedoor.jp/prfieeel/


より多くのひとに貴方のブログを見てもらえます。

参加するにはこちらからが便利です
http://blog.livedoor.jp/prfieeel/?mode=edit&

みんな の プロフィール | URL | 2007年11月25日(Sun)01:42 [EDIT]

ああ、中田さんの哀愁が漂ってきそう。
つらいなあ。

さて巌爺さんの活躍に期待です。
ポチッと。

銀河系一朗 | URL | 2007年11月24日(Sat)23:45 [EDIT]

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。