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始発駅

「イチコの選択」では大変お世話になりました。無事連載を終えた今、このブログで何ができるのかを考えています。のんびりお付き合い頂ければ幸いです。

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巌爺さん交遊録2の4

 「ナカさん、わしゃ怒りに来たんじゃないんよ。よかったら話してみんかな。誰にも言いはせんから」
 巌はそう言い、うん、と中田の顔を覗き込むように見た。
 中田は迷った。
 車は実は中田が付き合っている女のために買ってやったものである。
 付き合い始めてはや一年近くなるのだが、車だけは知り合ってすぐに買い与えた。中田名義なのは、女が税金や車検代を払えないと言うのでそうしてあるのだが、普段乗り回しているのはその女である。当の中田はボロの軽四に乗っている。
 その女は登志子と云って都心の料亭で仲居のパートをしながら生計を立てている。登志子は中田と同じく一人暮らしであるが、五十代には見えない色香の漂う女だった。
 知り合った場所はごくありふれたケースで、都心の飲み屋である。カラオケの得意ナンバーで意気投合したのが始まりであった。
 中田は登志子が休みになると、シビックを駆ってこれまでに何度も温泉に連れて行ったりしてきた。むろん道中の運転は中田がする。旅行費用も中田が出し、別れ際に買いたい物があるとせがまれると小遣いまで与えていた。
 車だけでなく、給油カードも中田名義なら、携帯電話も同じように契約して持たせてやり、夜中には二人で長電話をした。これらから発生する請求料金はすべて中田持ちである。 
 これでははたから見ると都合のいい男にされているだけなのだが、車の名義変更をしたがらないことが、逆に中田を油断させたのかもしれない。とにかく中田は登志子に夢中になった。登志子がそばにいるだけで気分がはなやいで来るのだった。
 そのうえ妻が亡くなって丸三年を過ぎたころから中田は登志子を家に泊めるようになっていた。 が、ひょんな偶然から中田は登志子に別の顔があるのではないか、と疑い始めた。それはたった一昨日のことであり、まったくの偶然であった。
 いつもどおりなら休日はデートの約束のはずなのに、登志子はときどき急に仕事が入ったと言うことがあった。登志子の通っている店は大きかったので、最初はそんなこともあろうと中田は疑わなかった。が、登志子が休日だった一昨日、例によってデートを断られた中田は、都心に飲みに出掛けたばかりに登志子がきれいな衣装を着て歩いているのを見てしまったのである。
 さすがの中田も、男ではないかとピンと来た。
 そこで、カッとなった中田は好きにさせていた車を取り上げることにしたのであるが、気に食わないからこれで別れるということではなかった。
 嘘をついた登志子を許せない気持ちと、ちゃんと釈明できるのなら許したいという気持ちが交錯して、どうしていいか答えを見つけられないまま巌のうちの駐車スペースに車を突っ込んだのだった。
 我が家に置いておけば再び登志子に甘えられてまた渡してしまうであろう、そんなふうに弱い自分を中田は恐れたのである。 
 息子の留守に起こしてしまったドジの象徴が車であることを考えると、よけいいたまれなかった。
 「イワさん、わしゃ若いころ放蕩者でな、よう嫁さん困らせたんよの」
 と中田は切り出した。
 「ナカさん、そりゃ、わしゃ初耳よ」
 巌は驚いた。それがよくこの片田舎で噂にならなかったものである。いかに女房殿がうまく切り盛りしていたかということであろう。
 「でもわしゃ、この齢になるまで女に貢いだことなんかいっぺんもないんよ。してもらってもしてやったことはいっぺんもない。息子が帰って来たらなんて言うかの」
 中田の口調は自嘲気味であった。
 巌にはこれだけのことばで十分だった。おぼろげながら全貌が見えて来たのである。
 「ナカさんよ、わしゃ車預るの、やめようか思っとる。ナカさん、車庫にあるオンボロ車を捨てての、あの車に自分が乗ったらええんよ。あれはあんさんが自分のために買った車なんよ、のぉ」
 巌爺さんの口調は暗示をかけているようであった。
 それで事が収まるとは思えないが、確かに女がからんで来たときの言い訳にはなる。
 「おお、そうか。そうか、そうか」
 中田は一人、何度も頷いた。が、何がどう、そうなのかは分からない。ただ、これ以上掛けることばを巌も持たなかった。
 
 「もう少ししたら、ナカさん、彼岸よの」
 中田の家の庭先で巌はカブにまたがりながら微笑んだ。その視線の先にはまだ丈も低く、蕾も上がっていないが、それらしき仕立てを施され始めている菊鉢が並んでいた。
 大菊ばかりかと思えば端の方に小菊の鉢が見える。
 「ナカさん、あれをわしにくれんか」
 と巌は珍しく所望した。
 「は? イワさん、そりゃ懸崖用なんよ。素人には難しいぞ。まあ、普通に小菊で育ててもかまわんけどの」
 中田は妙な顔で答えた。
 「いや、ナカさん。わしゃ懸崖で育ててみる。あんさん、ときどき様子を見に来てくれるよのぉ。うん?」
 「お、おお。そりゃ見に行くくらいわけないでな」
 「そんなら決まった。そいつはうちで大きゅうするかの。ナカさん、今日からあんさん、わしの先生よの」
 巌は例によって、ンフフ、と笑ってみせた。すでに乗り掛かった船の心境である。
 「おお。わしがイワさんの先生か。そうか」
 その鉢をカブの前かごに入れた中田は、今度はしっかりと巌爺さんに視線を返した。
 
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コメント


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| | 2007年11月28日(Wed)01:03 [EDIT]

銀河系一郎様へ

 銀河さん、こんにちは。
 アドバイス、ありがとうございます。
 でも、ここに留まるとは限らないです。他を探すことも考えています。できれば「イチコ」のいないところの方が望ましいので――
 描きたいテーマが同じものを書くという作業をしている方に伝わらず、前作を引き合いに出されるという失態をしてしまった力不足を修行して来ます。

 先日のコメント、(笑)のマークがあったとしても、真摯に受け止めさせて頂きたいと思います(普通は毎日のお付き合いであれば絶対に出来ないコメントですが、あえてコメントされたという事は意味があってのことだと解釈しました)
 
 本日はご訪問ありがとうございます。
 
 
 

紗羅の木 | URL | 2007年11月27日(Tue)15:50 [EDIT]

奈緒さまへ

 奈緒さん、こんばんは。
 二日ほど伺っておりませんが、今夜は伺いますね。
 この続きがいつ上がるのか、疑問です。下書きはほぼ完成しているのですが、今は活字を触りたくないというのが本音です。今しばらく時間を下さい。
 いつも気を遣ってくださってのコメントに感謝しています。ありがとうございます。

紗羅の木 | URL | 2007年11月27日(Tue)15:09 [EDIT]

休眠ですか。寂しいですね。

FC2は、どこかのフリーメールでアドレス取れば
複数のブログを持てますよ。
私も全く違うジャンルのブログ持ってますよ。
もっともずーっと更新が滞ってますが(笑)

銀河系一朗 | URL | 2007年11月27日(Tue)10:04 [EDIT]

惚れた弱みといえばそれまでなのでしょうけど・・・・・・。

ところで、巌爺さんは"いき"ですね~。

鉢を見に来る口実があれば、中田もちょくちょく巌爺さんのところに顔を出しやすいでしょう^^

さてさて、物語はどう転がって行くのでしょう^^

応援ポチット

奈緒 | URL | 2007年11月26日(Mon)22:04 [EDIT]

銀河系一郎様へ

 銀河さん、こんばんは。
 現状のところは信用させて家の中に入るという結婚詐欺師に近い状態ですね。どう御取りになるかはお任せしますが。
 最後で被害が出るように設定を組んでいるつもりです。家の中のものが何かなくなっていてもおかしくない状態ではありませんか。作者の説明不足かもしれませんが。
 それでも度外れにバカな不二子を超えることはありません。
 
 このサイトを休眠させなかったことをとても悔やんでいます。「イチコ」をひきずることは予測していたにもかかわらず短編くらいなら、と思ったことがいけなかったようです。
 長編を始めるときにどこかよそで新規登録しようと思っていましたが、まずここを次回で休眠させて頂くつもりです。始発駅はそういう意味合いも含めて名付けたものです。
 もちろんお詫び状の掲載期間は設けさせて頂きます。たぶん一週間くらいの期間になる予定です。
 長い間、ありがとうございました。
 
 
 
 

紗羅の木 | URL | 2007年11月26日(Mon)02:37 [EDIT]

比較してはいけないのかもしれませんが、
不二子と比較してしまうとそう悪くない
ような気がしてしまいます(笑)
デートの費用は仕方ないでしょう。
もう少し悪女にしてほしいかな(笑)
ポチッと。

銀河系一朗 | URL | 2007年11月26日(Mon)00:20 [EDIT]

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| | 2007年11月25日(Sun)22:47 [EDIT]

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