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始発駅

「イチコの選択」では大変お世話になりました。無事連載を終えた今、このブログで何ができるのかを考えています。のんびりお付き合い頂ければ幸いです。

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巌爺さん交遊録2の5

 小菊の鉢を持ち帰った巌は、母屋の玄関先に配置することにした。大きくなったら邪魔になるとこぼす文代には、
 「中田先生の仰せなんよ」
 と言う。そこなら動かすことなく雨から守れるのだった。
 「先生がときどき来てみてくれるから放っとけばええんよ」
 巌はそんな無責任な事も言った。懸崖仕立てはとことん中田に守りをさせるつもりである。家にばかりこもっているとイカレテしまう。巌はその心配もしていたのだった。
 女については今回たまたま未遂に終わっただけで、結婚詐欺師だったのではないか、と巌は思った。平均的な年金に違いない中田の家計を考えると、あの様子では相当無理をしていたのではないだろうか、とも思っている。

 登志子の居住地は県庁所在地のある隣の市だが、住いは中田たちの住んでいる町の境界線から近いところにあった。その生活振りは中田に言わせると、アパートの部屋には余分なものがなく極めて質素であった。ただ衣装や装飾品にはこどわりが見られたが、男から見ればごく普通のことで不思議なこととは思えなかったようである。
 車を取り上げられた登志子はさすがに最初は慌てた。
 随分迷ったあげく登志子が中田に連絡を入れたのは、巌爺さんが中田宅を訪ねた日の深夜である。そのとき中田はすでに巌の家からシビックを引き上げて来ていた。巌に迷惑をかけたくないということもあったが、巌が言うように自分が乗ればいいと思い始めてもいた。しかし、そんなことは登志子の預かり知らぬことである。
 「ねえ、誤解だから。よりを戻してよ」
 登志子はそう中田に懇願してみた。
 が、一度思い込むと誤解はなかなか解けないもので、電話を受けた中田の方は治まらない。男がいるのではないか、嘘を突いた日に見掛けたのだ、
 「おまえ、わしを騙したんか。わしゃ、おまえが望むんなら一緒になってもええと思っとった」
 などと中田は胸の内を洗いざらいぶちまけた。
  「だから、あんたの誤解よ。さっきから何度も言ってるじゃない。一度会って分かるように話をするから」
 そう言って登志子はいったん電話を切ったが、その直後にしたことは、またしても電話だった。このとき登志子の腹はすでに決まっていた。
 「ごめんねえ、こんな時間に。ちょっと急ぎなのよ。そう大至急」
 この同じ前置きで何件も掛けまくった。

 もう一度会おうという登志子のことばは中田の心を揺さぶった。
 しかしその後、登志子からの連絡は何もなかった。連絡を取ろうにも登志子は携帯にも出ないのだった。
 そのことが中田の気力をさらに奪った。あれほど腹を立てた女の声でも真夜中のわびしさには変えられないものだったのだ。かといって登志子の住いにまで行ってみるような真似は男として気が引けたのであろう。我が身を馬鹿だと呪いながらも中田は真夜中になると携帯を見詰めては酒を飲んでいた。
 それでも巌の家に足を運ぶのは、巌の心配する気持ちが充分分かっていたからである。
 菊の姿はさすがに中田が世話をするだけあって時間の経過とともに懸崖らしくなっていった。そのころになると登志子に騙されていたのだとしても、被害が少なくて済んだのだからこれでよかったのだと、中田はようやく思えるようになった。
 が、ある日の早朝、そうではなかったことに中田は気付く。
 仏壇の小引出しに入れて置いた預金通帳とカードがいくら探してもないのだ。慌てた中田は寝室の押入れに行き、はめ込みの整理棚を調べた。小型ケースに入れて奥に押し込んでおいた株券もない。
 なくなった通帳には、登志子と別れる少し前に満期を迎えた保険金数百万が普通預金に入金されたままになっていた。
 この通帳には他にも万が一の場合にそなえて二百万くらいの資金が入れてあったのだが、旅行の費用はここから出ていたのである。年金が入金される通帳はまた別でこちらは生活費にあてるようにしていた。
 そういえば、一度旅先で引き降しのために登志子にカードを預けたことがあるのを中田は思い出した。
 「イ、イワさん」
 中田はなにもかも放り出して巌の家に飛んで行った。村の者なら開け放して出ていても悪さをする者などいない。とんでもない情けなさで中田の顔は涙と鼻水で光っていた。
 息を挙げて血相を変えている中田を見た巌は、離れにその体を押し込み、中から鍵をかけた。
 「ナカさん、ここなら何を言うてもええ」
 巌爺さんのことばに中田は顔をくしゃくしゃにした。泣くまいとこらえているのが巌にも伝わって来る。中田はしゃくりあげながら喉の奥から声を絞って話した。
 いつまでも保険金を普通預金に預けていたのではもったいないとやっと先の事に目が向き始めた結果がこれだった。
 登志子が連絡を絶って、すでに一ヶ月近かった。

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コメント


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 奈緒さん、こんばんは。
 登志子を追いかけて撃沈させる方向も考えてみましたが、取りやめにしました。
 よってバッド・エンドのような、ハッピー・エンドのような、受け取り方によってはどちらとも言えないエンディングになりました。
 いつもありがとうございます。
 

紗羅の木 | URL | 2007年12月01日(Sat)10:38 [EDIT]

う~ん。怖いですね・・・・・・。

登志子が連絡を絶ってから1ヶ月近く・・・・・。

もうすでに逃げてしまっているかもしれませんね^^;

巌爺さんは・・・・・いったいどうやって中田を救うのか!?

応援ぽちっと

奈緒 | URL | 2007年11月30日(Fri)22:23 [EDIT]

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