始発駅

「イチコの選択」では大変お世話になりました。無事連載を終えた今、このブログで何ができるのかを考えています。のんびりお付き合い頂ければ幸いです。

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台風の目(8)

 イチコの説得は効をなさなかった。
 水商売を始める前の若かりし頃、百貨店の貴金属売り場にいたことがあるという不二子さんである。
 「あんた、あんたのその友達に見てもらってよ。わたし、高く出して買ったんだから。その人に頼んで売ってもらってよ、あれならお金になると思うから。早くしないと流れちゃうじゃない」
 彼女はイチコに食い下がった。何ヶ月も流すのを待ってもらっているのだ、と付け加える。
 イチコの方は勘弁して欲しかった。
 額面は百五十か六十だったとイチコは記憶しているが、それに金利がつけばどうなるか、考えただけでぞっとした。
 手持ちもなかった。
 目の前に広げられた質札のために、目のやり場に困ったイチコは、手持ちがないことを正直に伝えた。
 イチコの返事を聞いた不二子さんは、広げられた質札を手に取り、
 「じゃあ、用意して。これ」
 投げつけるように再び卓上に置いた。
 「わたし、どうしてもお金がいるのよ。助けると思ってしてよ。ものを見てもらったら分かるんだから。わたし、あんたがしてくれないと他に頼むところなんかないじゃない。今これしかお金になるものがないのよ、わたしも」
 何にそんなに金がいるのか、イチコから見ても絶対に言いそうにない不二子さんだった。おまけにイチコが金持ちだと勘違いしているようだった。


 このころのイチコは、不二子さんに頭が上がらないというより、子育てにかまけて、永年の眠りを貪っていたのかもしれない。少々の押し問答を繰り広げただけで、またしてもイチコは不二子さんの貫禄に負けてしまう。
 イチコの最後の頼みは、田舎の父親に預けている証券だった。
 これには亡き母親から相続したものが多量に含まれている。母親が亡くなったバブル期の終わりごろ、相続したもので特別養老保険の一時払い契約の商品をいくつか買ったのだった。
 満期はすべて十年である。
 今では考えられないくらい金利がよかった時代である。満期まで我慢すれば、例えば五百預けたとしても、契約年齢が若ければ八百くらいになって返って来る。
 むろん契約時はイチコも若かった。それらの証券の送付先を田舎の住所にして父親に預けたのだった。
 イチコが宮下や不二子さんのようなバブル期を過ごさずに来たのは、その性格によるものだけでなく、或いはこういう形で父親に託していたからかもしれない。
 

  
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