FC2ブログ

始発駅

「イチコの選択」では大変お世話になりました。無事連載を終えた今、このブログで何ができるのかを考えています。のんびりお付き合い頂ければ幸いです。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

台風の目(9)

 不二子さんがエメラルドの指輪を無心に来た翌日、イチコは愛車を家からそう遠くない田舎に向けて走らせた。
 例の証券を取りに行くためである。

 イチコにも動かせる資金は、これしかなかった。
 まだ十年満期までには半分近く残っている。さすがに崩すのは惜しかった。
 不二子さんには、はっきりそのことを伝えた。それなら悪いからいいわ、という返事をイチコは期待していたのだ。イチコの友人達ならば、そう言って指輪をあきらめる事を選ぶに違いなかったからである。
 イチコは宮下という男が繁華街では、すでに一種のブランドになっている事を感じていた。そのブランドとイチコの生活には大きな開きがあるのだという事が言いたかったのである。長く水商売を営んでいる彼女なら、いろんなタイプの男と女を見ているはずである。
 宮下の方は大風呂敷を広げながら生きているに違いないが、宮下がそうであればあるほど、イチコは将来に堅実な生活を望んでいた。

 「それ、それでいいから。それでして、それで。売ったら満期分までの金利なんか、わたしが払うじゃない」
 不二子さんは譲らなかった。
 「じゃあ、これ」
 彼女はふたたび質札を投げつけるように置いて帰ったのである。
 そこまでするのだから、よほど売れるあてがあるのだろう、とイチコは思った。普段から顔が広い事を言っている不二子さんだった。

 イチコが証券を取りに来たことを伝えると、父親は、さすがに渋い顔をして見せ、すぐには二つ返事をくれなかった。未だ宮下との対面を果たせずにいたのだから、宮下がいよいよ煮詰まって娘を寄越したのではないか、とよからぬ方向に想像が働いたようだった。
 「うちのが世話になってるママさんがいるんだけど、そこが言って来てるの。困ってるらしいから。なんで困ってるのか、話してくれないんだけどね」
 「ママさん」ということばは、遊び慣れた父親には効力があった。
 「そんな男の世話をするようなママさんなら、義理人情の方もしっかりしとってのはずだから、不義理はせんだろう。婿が世話になっとるんなら、しゃあないな」
 父親はそう言って、イチコが指定したものを、仏壇の下から出してくれたのだった。
 それには香のにおいが染み付いていた。この親父が義理人情を言うなんて、とイチコはちょっぴり変な気分だった。
 もう二度とこの家には帰るまいと思って家を出たイチコである。母親が亡くなったのを機に、こうして時々でも帰って来ているのも妙な気分だった。
 イチコが指定したのは額面五百の証券だった。他のものは小口でエメラルドの役には立たなかった。 
スポンサーサイト

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する
 

 むぅ。
 結局イチコはトイチにお金を渡しただけでなく、宝石の金まで出すことになるとは。
 本当に売れる当てがあるのか? お金を出させるだけ出させて、自分はとんずら決め込む気じゃないのか? と、不信感たっぷりですw
 一気に三記事まとめて読んじゃいましたw

神瀬一晃 | URL | 2007年08月10日(Fri)16:56 [EDIT]

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。