せっかくの同僚のことばなので、イチコは甘えることにした。店先でこれ以上無心をされてもかなわなかった。
歩いて何分も要さない家に向かって歩きながら、自分の横に並んで付いてくる不二子さんに、
「付いて来ても、ないよ。ママ」
イチコは試しに言ってみた。
まだ一件もパンクを出していない以上、断ることは不可能だろう、とは分かっていた。
「銀行でしょ。銀行ならわたしも一緒に行くじゃない。あんた、行ってくれるんでしょ」
彼女の返答に毒を食らわば皿までではないが、その羽目になるのか、とイチコは内心苦笑していた。不二子さんの信用がそこまで厚いとは、浅見という男に一度会ってみたいものだ、と思った。
不二子さんは二百の資金をイチコから回してもらったこの日以降、その二百を回収して来るまでの間に、さらに百五十ずつ三百の現金をイチコから引き出している。
一本はお決まりのトイチである。この契約では債務者に初めて女性が登場した。
珍しく不二子さんは顔合わせのために、その女性をイチコの家まで連れて来たのだった。年恰好は不二子さんと大差なかった。事前の連絡はなく、いきなりだった。
この契約では、イチコは不二子さんに現金を渡し、
「何かあってもママから頂くからね」
とはっきり伝えている。
何の断りもない以上、この騒動の始期のとおりトイチだとイチコは解釈していた。
あと一本の事の起こりは定期預金からだった。
ちょっと定期を組んでやってくれないかしら、という不二子さんの要望に、定期なら構わないと承知したイチコが、百五十の現金と印鑑を彼女に預けたところから始まる。
「もうけさせてあげるから」
彼女が言ったせりふである。そんな利率のいい話をイチコは期待してなかった。彼女の店の客に銀行員がいるのだろう、くらいの考えだった。
その数日後だった。電話で不二子さんはいきなり言った。
「あんた、これ、使わせてよ。わたし、ちょっと要るのよ。全部出してもいいのか、いけないのか。どうなの?」
イチコの手元には、まだ通帳も届けられてなかった。契約したばかりの定期を全部出せるわけないだろう、と無法な電話に驚いたイチコは、
「全部は駄目だ」
思わず言っていた。どういうことなのか、という究明のことばも省略してしまった。
「そしたら、一割残しとくから。通帳はあとで届ける」
そこで電話は途切れた。
イチコがこれまで経験したなかで一番強引な電話だった。通帳が届けられてイチコは初めて取引銀行の名称を知ったくらいである。
この街ではあまりメジャーな銀行ではなかった。出不精のイチコなどとても行きそうにない、自宅からかなり離れた筋にある銀行だった。
通帳は二冊届けられた。定期預金と総合口座である。
「使った分はママが埋めて行ってよね」
届けに来た彼女にイチコは、これもはっきり伝えている。そのままにしておけばマイナスの数値が大きくなるだけなのは分かりきっていた。
<いつも訪問して下さっている皆様へ>
台風の目(十一)の一部に話の都合上修正を加えさせて頂きました。物語をつむいで行くことのむずかしさを感じている今日このごろです。
いつも温かく見守って頂いていることに感謝しています。
歩いて何分も要さない家に向かって歩きながら、自分の横に並んで付いてくる不二子さんに、
「付いて来ても、ないよ。ママ」
イチコは試しに言ってみた。
まだ一件もパンクを出していない以上、断ることは不可能だろう、とは分かっていた。
「銀行でしょ。銀行ならわたしも一緒に行くじゃない。あんた、行ってくれるんでしょ」
彼女の返答に毒を食らわば皿までではないが、その羽目になるのか、とイチコは内心苦笑していた。不二子さんの信用がそこまで厚いとは、浅見という男に一度会ってみたいものだ、と思った。
不二子さんは二百の資金をイチコから回してもらったこの日以降、その二百を回収して来るまでの間に、さらに百五十ずつ三百の現金をイチコから引き出している。
一本はお決まりのトイチである。この契約では債務者に初めて女性が登場した。
珍しく不二子さんは顔合わせのために、その女性をイチコの家まで連れて来たのだった。年恰好は不二子さんと大差なかった。事前の連絡はなく、いきなりだった。
この契約では、イチコは不二子さんに現金を渡し、
「何かあってもママから頂くからね」
とはっきり伝えている。
何の断りもない以上、この騒動の始期のとおりトイチだとイチコは解釈していた。
あと一本の事の起こりは定期預金からだった。
ちょっと定期を組んでやってくれないかしら、という不二子さんの要望に、定期なら構わないと承知したイチコが、百五十の現金と印鑑を彼女に預けたところから始まる。
「もうけさせてあげるから」
彼女が言ったせりふである。そんな利率のいい話をイチコは期待してなかった。彼女の店の客に銀行員がいるのだろう、くらいの考えだった。
その数日後だった。電話で不二子さんはいきなり言った。
「あんた、これ、使わせてよ。わたし、ちょっと要るのよ。全部出してもいいのか、いけないのか。どうなの?」
イチコの手元には、まだ通帳も届けられてなかった。契約したばかりの定期を全部出せるわけないだろう、と無法な電話に驚いたイチコは、
「全部は駄目だ」
思わず言っていた。どういうことなのか、という究明のことばも省略してしまった。
「そしたら、一割残しとくから。通帳はあとで届ける」
そこで電話は途切れた。
イチコがこれまで経験したなかで一番強引な電話だった。通帳が届けられてイチコは初めて取引銀行の名称を知ったくらいである。
この街ではあまりメジャーな銀行ではなかった。出不精のイチコなどとても行きそうにない、自宅からかなり離れた筋にある銀行だった。
通帳は二冊届けられた。定期預金と総合口座である。
「使った分はママが埋めて行ってよね」
届けに来た彼女にイチコは、これもはっきり伝えている。そのままにしておけばマイナスの数値が大きくなるだけなのは分かりきっていた。
<いつも訪問して下さっている皆様へ>
台風の目(十一)の一部に話の都合上修正を加えさせて頂きました。物語をつむいで行くことのむずかしさを感じている今日このごろです。
いつも温かく見守って頂いていることに感謝しています。
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