始発駅

「イチコの選択」では大変お世話になりました。無事連載を終えた今、このブログで何ができるのかを考えています。のんびりお付き合い頂ければ幸いです。

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台風の目(14)

 不二子さんは非常に強引なところが目立つ人である。
 探せと言われても、これ以上の素材は誰も見つけて来れないくらい強引な女性だった。
 彼女の一連の強引な言動には、それなりのワケがあったのだが、このころのイチコはそれを知る由もなかった。
 この平成七年に、堅実な生活を望んでいたはずのイチコは、約総額八百五十の損害を彼女から被っている。

 浅見から回収された二百万がイチコのもとに届けられたその日の夜、卓上に置かれた現金を見たイチコは、そこに危険な匂いを嗅ぎ取った。札のたたみ方といい、遅い回収時間といい、堅気さんのところから戻って来た匂いではなかった。
 契約の続行にイチコは危険を感じていた。
 にもかかわらずこの二百が再び出て行くのもイチコは阻止できなかったのである。そのときの光景をイチコは今も忘れられないでいる。
 いったん卓上に置かれたと見えた現金は、不二子さんの手で瞬時にすくい上げられた。
 「わたし、きょうこれが要るのよ」
 彼女は高らかと言ったのである。
 「何言ってる、それは置いていけ」
 イチコはいつにもなく、声を荒げて反撃した。が、
 「ワルイ、持ち逃げするから」
 彼女は悪びれた様子もなく、さっそうと去って行った。あっという間のことだった。
 後に残ったイチコには、それが帰って来ることはないだろう、という予感だけがあった。事実、これを最後にすべての契約が履行不能に陥ったのである。トイチを始めてからわずか二ヶ月足らずの出来事だった。
 イチコが被害総額を確定させたのは、戻って来た二百が再び出て行った日から十日以上経ってからだった。

 浅見竜也という男は、損害が動かせない事実になった頃、イチコの自宅に電話を掛けて来ている。電話の主が本当に本人だったのかは不明だが、不二子さんの仲立ちで一度会う手はずになっていた件に関しての断りの電話だった、とイチコは記憶している。連絡は、この一回限りである。

 初の女性客については、繁華街界隈では有名な詐欺師だったのだ、とイチコは契約後まもなく不二子さんから報告を受けている。その報告を受けたイチコは、どおりで胡散臭い女だったわけだ、と納得した。持参して来ていた借用証書が、鼻からイチコは気に入らなかったのである。それはレポート用紙にしたためただけのひどくお粗末なものだった。
 「わたしも知らなかったのよ」
 不二子さんは申し訳なさそうに言ったが、起きてしまった事は元には戻らない。
 返済期日に不二子さんを回収に向かわせたイチコが得たものは、額面三十五万の小切手だった。銀行に回したこの小切手は支払い期日に無事振り込まれていた。その後、この詐欺師がどこかへ飛んだ事は言うまでもない。
 浅見の履行不能とこの詐欺師の履行不能がダブッているのは、偶然の産物なのか。おまけにエメラルドもどこに行っているのかはっきりしない。不二子さんの話はどこまで真実なのか、疑えばきりがないほどの偶然だった。
 勘繰るならば、不二子さんが一番怪しいことになるのだった。
 あの女性客が詐欺師であったことだけは間違いないとイチコは思っている。それも三流クラスの詐欺師である。

 その他に、宮下の企業舎弟関係に貸付けたものが二口ほどあった。これらも不二子さんが仲立ちした姿なき債務者である事は浅見と同じだが、イチコにしてみれば、これだけは疑ってみても仕方なかった。所詮身内のようなものである。自分が事務所に顔も出さない分、不二子さんに相談を持ちかけたのだろう、とイチコは善意の解釈をした。

 この七年の被害をイチコはどこにも訴えたりはしなかった。宮下が頑張ってくれている以上、生活は保障されていた。黙って働いていればまた進展はあるだろう、とイチコは記憶の引き出しにすべてを仕舞い込んだのである。金を貸している以上、そうして乗り切るしかなかった。
 イチコがそこまで強靭に黙る事を選択できたのは、宮下の勤勉さもさることながら、不二子さんのその後の行動によるところも大きかった。
 浅見からの電話があった後も、不二子さんはイチコの家にちょくちょく顔を出していたのである。金主に対して磨く意思あり、とイチコが思ったのも無理はなかった。

 損害額確定以降、イチコは何ら返済を受ける事もなかったが、またそれと分かるほど厳しく彼女に請求する事もなかった。黙って待つことにしたのは、彼女が母子家庭であることを考慮してのことでもあった。
 この七年に台風の目のごとく彼女が他人の家の中に飛び込んで来た本当のわけを、イチコが知ってしまうその時まで、十年以上の長い月日は彼女のペースで過ぎて行くのである。
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コメント


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ウル様へ

 ウルさん、早朝のご訪問&コメント、ありがとうございます。
 「イチコ」を読んで頂けるとは思ってもみなかったので、大変感激してます。
 ただし、作者が思うには、おもしろいお話ではないですよ。
 ウルさんのお話の方がよほど魅力的に思われます。またぜひ伺わせて頂きたいと思っています。
 本日はありがとうございました。

紗羅の木 | URL | 2007年11月24日(Sat)16:25 [EDIT]

はじめまして。

コメントありがとうございましたっ。
実を言うとコメントのお返しっていうのは(すごく面倒くさがりなので)あんまりしないんですけど(←)、「イチコ」を読ませて頂いたらハマってしまって。今日はここまで読ませていただきました。
イチコはとにかく強いですよね。やっぱり、人を許せるとか信頼できるっていうのはすごいと思います。私はそんな金額絶対諦めきれなさそう……。
これからどうなるんだろう。続きを読むのが楽しみです。
それでは、また!

ウル | URL | 2007年11月24日(Sat)08:24 [EDIT]

銀蛇様へ

 はじめまして(笑)
 ご訪問&コメント、ありがとうございます。
 あまりほめられたお話ではありませんので(笑) 銀蛇様のような、カッコイイお話が書ければよいのですが、ここの管理人は、リアルが好みなようです。
 「アンジェリカ」の続き、楽しみにしております。
 本日はお越し頂いてありがとうございました。
 
 

紗羅の木 | URL | 2007年11月12日(Mon)10:25 [EDIT]

ここでははじめまして。

ここまで拝読しました。
リアルな感じの話ですね。
うーん不二子さんスゴイ強引な人だ;;
あ、なんか泥沼な展開、と思っていましたがやはりこうなってしまいましたか。

銀蛇 | URL | 2007年11月11日(Sun)09:56 [EDIT]

銀河系一郎様へ

 銀河さん、ご訪問ありがとうございます。
 貸すなよ、ですよね。授業料にしては高過ぎましたね。
 それにしても銀河さんも奈緒さんも読む速度が速い(笑) 
 最近苦戦してますので、お手柔らかにお願い致しますね。

 

紗羅の木 | URL | 2007年09月28日(Fri)22:43 [EDIT]

うーん、その後がわかってるので、貸すなよとイチコさんに言いながら読んでます。
うむを言わせぬ横綱の張り手のような押しが不二子さんなんでしょうね。
仮に、宮下さんに言っても、宮下さんも丸め込まれてしまうんだろうなあ。

銀河系一朗 | URL | 2007年09月28日(Fri)16:41 [EDIT]

神瀬一晃さまへ

 いつも丁寧なご訪問ありがとうございます。 
 行き当たりばったりで書き始めるとこうなります。書き進んで行くうちにミスに気づきますが、一度公開してしまったものに対して大幅な修正はできませんので、生まれ持った性格丸出しで進んでおりますが、苦しいときがありますよ。完結はさせます。
 最後までお付き合いいただければ幸いです。
 

紗羅の木 | URL | 2007年08月13日(Mon)13:35 [EDIT]

 結局トイチは失敗と。
 なんか、予想通りって言うか。さぎられたのか。
 イチコの潔さに感服です。私だったらそんな大金諦めきれない……。この10年後、一体どういった理由をイチコは知ることになるのか。

神瀬一晃 | URL | 2007年08月13日(Mon)11:29 [EDIT]

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