始発駅

「イチコの選択」では大変お世話になりました。無事連載を終えた今、このブログで何ができるのかを考えています。のんびりお付き合い頂ければ幸いです。

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記憶の引き出し(10)

 不二子さんからきな臭い事件の話を聞かされたイチコは、このまま黙って一週間待ってみよう、と考えた。
 何かあれば宮下から連絡があるはずである。それが間に合わなければ事務所の者が何か言って来るであろう、と思った。最悪ならいきなり刑事がやって来ることも考えられるが、そのときはそのときだった。宮下が関わっているのならば、イチコの周りでいずれかのアクションが起こるはずである。
 宮下が関わっていると決まったわけでもない現時点で騒ぐ必要はないとイチコは判断したのだった。宮下にも連絡は取らなかった。余計な事を言って怒らせる必要もなかった。家の方なら何も証拠品が出ない限り、イチコは何食わぬ顔で切り抜ける自信があったのである。
 イチコのこの判断が正しかったのかどうかは何とも言えないが、一週間が十日を過ぎても、何も起こりはしなかった。やはり杞憂だったのか、とイチコがほっとしたのは言うまでもないことだった。
 この事件はこのままイチコの記憶の底で、イチコにたたき起こされるそのときまで、永い眠りを貪るのだった。

 とりあえず事件に関しては安堵したイチコだったが、自分に対する宮下の態度が極端に硬化したように感じ始めていたこの頃のイチコにとって、宮下についての悩みがひとつ減ったというだけに過ぎなかった。
 宮下に女が出来たのなら、イチコは別にかまわなかった。宮下のような稼業の男が若い女を連れたがるのは当たり前だとイチコは思っていたくらいだから、あまり苦にならなかったはずである。
 イチコを悩ませたのは、息子についての宮下のことばだった。この頃になると宮下は、マンションの四階にある家にも上がって来なくなり、まるで伝書鳩のように、生活費を運んで来るだけの男と化していた。
 運んで来る時期はだいたい毎月決まっていた。
 来るとき宮下は決まって、短い電話をして来た。
 その電話に息子が出たならば、
 「五分で着く」
 これだけで宮下の電話は切れる。これがイチコだと、
 「子供を下に降ろしとってくれ」
 というせりふが追加されるのだが、たまに短い電話では物足りないイチコが、息子の近況でも話そうものなら、
 「関係ねえわ」
 宮下は吐き捨てるように言うのだった。
 父親らしからぬ宮下のことばはイチコを悩ませた。
 宮下はイチコが嫌いになったのか、その息子が気に食わないのか、或いはその両方だったのかもしれない。
 「おまえ、田舎に帰っとけや、用があるときだけこっちに来たらええやないか」
 宮下はそんなことを言う。
 イチコにそんなことができるわけなかった。田舎に帰ったとなると、近所への挨拶回りもしなければならないのである。いくら同居することになる父親が健在でも、世帯は別になるのだから知らん顔はできないはずである。かといって、見るからにやくざだからということで宮下抜きで挨拶回りをしたのでは、何を言われるか分かったものではなかった。そうでなくても宮下は亡母の葬式にも出席していないのである。
 田舎はイチコにとって、宮下と縁を持ったことが傷になるところでもあった。すねに傷のある者には、田舎は向かないところである。そのハードルを越えさえすれば、このうえなく寛大な包容力を示してくれるのが田舎なのだが、イチコにはまだそこまでの勇気はなかった。
 こういうことを言うと、おそらく宮下は、
 「別れた言えばええやないか」
 平気でそう言うであろう。そのせりふを聞きたくないイチコは、宮下の言うことを素知らぬ事として聞き流した。
 もうひとつ本音を言えば、イチコは父親と同居したくなかったのである。親であることは動かしようのないことだから、最期を看取ることへの責任はもっているつもりだが、同じ空気をずっと吸っていられるかどうか自信がなかった。父親といると、幼少期、思春期を通じて陰鬱な家庭から受けた傷が、どこからともなく顔を覗かせて疼き出すのである。疼き出した傷をいつもするようにどこかに押し込んで、父親と話を合わせて行くのは、イチコには耐え難いことだった。そんな自分を見たくもなかった。ホラ話にでも転換されたら、どう答えてよいのか分からなくなるのだった。
 
 イチコの生活は三年連続で学校の役員を受けた事と次男が望んで硬式野球を始めた事により、ますます忙しくなっていた。従来の空手道場とスポーツ少年団の上にこれらが加わるのだから、仕事もしているイチコはたまったものではなかった。
 そのうえに硬式野球の会計役を回された、平成十一年から十二年にかけてのイチコの生活は、さらに忙しさを増していた。
 硬式のリーグは県外遠征がやたらと多いのである。会計であるイチコは遠征のたびに集金と集計を繰り返していた。会員の飲料水や弁当の買出しはもちろんのこと、炊き出しでもあれば一日中グランドに出張っていたのである。宮下のことで悩んでいるよりも、イチコはクタクタになっていることの方が多かったくらいである。
 イチコは息子達が小学生であった期間、その時間の大半を息子のスポーツに付き合うことで消化して来たのだった。重苦しい胸の裡を誰に打ち明けることもなくイチコが過ごして来れたのは、当時のイチコの生活環境によるところが大きい。
 休日に父親が出張って来る家庭を見ると、さすがにイチコもうらやましく思うことはあったが、忙しい分だけイチコの悩みは軽減されていたのである。




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コメント


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銀蛇様へ

 銀蛇さん、こんばんは。
 こちらこそ気を遣って頂いて申し訳ないです。銀蛇様の更新記事、いつも楽しみにしております。土曜日がとても待ち遠しいです。
 「イチコ」も、もう少しのんびり更新すればよかったのですが、何かにとりつかれていたのかも。先を急ぐように済ませてしまいました。
 ここから何かを生み出せればいいなぁと今は思っています。
 
 不二子が何を考えて生きて来たのかが、このお話の進行に大きく影響しています。
 普通は友人にお借りしたものなら現金で持って支払うのが当たり前の礼儀なのですが、のちにその礼儀からは程遠い行為を取って来ます。この女性があの狂乱怒涛のバブル期に「ママ」でなければ、随分違っていたのではないかな、と思います。
 本日はご訪問、コメントありがとうございました。
 

紗羅の木 | URL | 2007年12月03日(Mon)12:30 [EDIT]

無沙汰してます;;

なかなかゆっくりと時間がとれずこれなかった事をまずお詫びします。

ここまで読みました。
うーん、結局お金の回収は不可能そうですね。
不二子さんは保険のおばさんになっちゃうし;;
結局最初から返す気がなかったのでしょうか。

夫であるはずの宮下さんはますます疎遠に……;

銀蛇 | URL | 2007年12月02日(Sun)19:55 [EDIT]

銀河系一郎様へ

 金庫事件は謎のまま終りそうです。が、同業者の説も有効かも、ですね。いくら泥棒でも普通の方はそんなところには入りませんから。
 免許も誰にでもはくれないんですよね。前科者なんかもっての他となると、他人を頼むしかなくなる。ああいう稼業は好んでするものではないですね。
 そうそう、生保のおばさんが起こした事件で怖いのがありましたよね。銀河さんのコメントで思い出しました。まだ死にたくありませんが(笑)
 引き続いてのご訪問感謝致します。
 
 

紗羅の木 | URL | 2007年09月30日(Sun)02:33 [EDIT]

金庫盗難はもしやライバルの犯行だったりして、一番情報つかみやすそう。
免許の更新忘れは痛いですね。
不二子さん、店閉めて生保レディーて、ますます怖っ。
ボチっと。

銀河系一朗 | URL | 2007年09月30日(Sun)00:12 [EDIT]

最近・・・

すみません。ちょっと最近忙しくて、なかなか小説をゆっくりよめなくて^^;

コメントがない日でも、ランキングだけは押しに来てますのでご安心を^^

それでは、ポチリ。ダッシュ!!

奈緒 | URL | 2007年09月04日(Tue)22:48 [EDIT]

トラックバック。

当初から計画していましたリンクサイトの紹介ページを作成しましたので、トラックバックさせていただきました。
こうかいてほしかったなぁというご要望ありましたら、ご連絡くださいませ。

ランキングぽちっ

奈緒 | URL | 2007年09月02日(Sun)23:19 [EDIT]

今日は・・・

ちょっと今日はブログ小説の推敲に時間かかりそうなにで、ランキングだけ押しに来ました。
では。ポチリ。

奈緒 | URL | 2007年09月01日(Sat)23:47 [EDIT]

納得しました!!

すみません。
一人であたふたしてしまって。
わたしは、あっけらかんとしているようで、結構言葉の裏が気になるタイプなもので・・・・。
沙羅の木様の創作の負担にならないように、今日はコメントまでにとどめます。

P.S 沙羅の木というのはツバキ科の木でしたっけ?^^
確かツバキ科には珍しい落葉樹なんですよね^^
よく建売分譲とかのお庭に、株立ちで植わっているのを見かけます。

ランキングポチっ

奈緒 | URL | 2007年08月31日(Fri)23:51 [EDIT]

奈緒さまへ

 「意味深な」についてはそちらにお返事に伺いました。あれで納得して頂けたでしょうか?
 リンクについては今しばらくお待ちください。必ずご希望には添うようにしますので。


紗羅の木 | URL | 2007年08月31日(Fri)05:24 [EDIT]

意味深な発言の意味を求めて・・・・

やってきました。
なにか意味深な発言をしたのかなぁと・・・・・。
「なんとなく回収できないのではという雰囲気ですね・・・・。」
この部分かな?
これは伏線がという意味ではなくて、不二子さんに貸したお金が回収できないという意味ですw
勘違いさせてしまったら申し訳ないです。

ランキングポーっちり。

奈緒 | URL | 2007年08月31日(Fri)02:27 [EDIT]

奈緒さまへ

 野の物がそんなに出るのですか? 聞いただけで卒倒しそうです(笑)
 わたしも田舎者なのですが、未だにマムシにお目にかかったことはありません。いくらでもいるはずの所なのですが、こういう方面だけは運が好いのでしょうか。夏になると田舎に近づかないせいでもありますが。蜘蛛が嫌いなのです。女郎蜘蛛、あれです。こうして打ち込んだだけでもぞっとします。
 で、奈緒さん、読むペース速いですね。執筆の方が追いつかれそう(笑) お手柔らかにお願いしますね。

紗羅の木 | URL | 2007年08月31日(Fri)02:10 [EDIT]

神瀬一晃さまへ

 神瀬さんは手強いので嫌いです(笑)
 あまり目を光らさないで読みましょう(笑)
 不二子さんは主役級です。彼女の変身振りを楽しみます。

紗羅の木 | URL | 2007年08月31日(Fri)01:53 [EDIT]

やっぱり・・・。

なんとなく回収できないのではという雰囲気ですね・・・・。
宮下との関係もずいぶん冷えてきてしまって。
そんな中、お子さんたちの存在がずいぶん支えになったのではないかとおもいます。

それと昨日の質問の答え。
私は危険な香りが大好きです!!
もちろん現実ではそう危険なものに接する機会はない生活をしていますが・・・・。

危険なのは冬前に畑にでる熊と、夏に地べたを這うマムシ・・・・それと庭を飛び交うスズメバチくらいではないでしょうか・・・・田舎に帰ってきてからは・・・・。

それと、毎日拝見しにきますよ!!
続きがきになりますから^^
小説はずいぶん先まで下書きもすすんでますし^^

ランキングぽーーーーーちり。

奈緒 | URL | 2007年08月30日(Thu)23:45 [EDIT]

 ふむぅ。
 この辺りに来て、会話文がほとんどなくなってきていることに気付いた……。
 むしろ、会話してるのってイチコと不二子だけのような気がw
 その分、地の描写が上手くて読みやすいんですけどねw

神瀬一晃 | URL | 2007年08月30日(Thu)17:09 [EDIT]

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