始発駅

「イチコの選択」では大変お世話になりました。無事連載を終えた今、このブログで何ができるのかを考えています。のんびりお付き合い頂ければ幸いです。

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試練(1)

 平成十二年、秋。
 夏に息子のリーグ活動が無事終了して以来、すっかり付き合いが少なくなったイチコは、やっと一息つけるようになっていた。
 イチコの次男が所属していた硬式野球のチームの卒団は米国式のため夏なのである。次男はこのとき中学一年である。次男が無事卒団したこともイチコはうれしかったが、前年度の一学期をほとんど欠席してしまった長男が、遅刻しながらも登校に励んでいることも、イチコを喜ばせていた。
 悩みのタネが一つでも減ってくれてほっとしているイチコだが、宮下はそんなことなど知らない。息子のことさえイチコは宮下に伝えるのをやめてしまったのである。
 長男についてイチコが宮下に伝えたのは、中高一貫校を受験させる腹積もりでいるところまでである。受験結果は二次の抽選でもれたのだがイチコは伝えなかった。次男についてはリーグ入団までである。
 「関係ない」とたとえ一言でも言った者には、伝える必要をイチコは感じなかったのである。
 
 忙しかった者が暇になると、急に気が抜けたようになるというが、イチコも例外ではなかった。考えなければならないことなら山ほどあるはずのイチコだったが、半ば開き直ってもいた。宮下が家にお金を入れてくれている間は黙っているしかない、と思うようになっていた。
 不二子さんについては、このまま今の生保会社にずっと勤務してくれることをイチコは願っていた。セールスには持って来いの人材だとイチコは見ていたのである。そのため、
 「ポンコツ車だけど買ったのよ」
 と彼女がそれに乗って来た時、イチコは喜んで黙認した。車がないとセールスは成り立たないからである。幸い水商売をしていただけあって客には不自由しなしらしく、営業成績も順調なようだった。最悪の場合は退職金で支払ってもらうようになるかもしれない、とイチコはかなり消極的になっていた。五年も経っても一銭の弁済もなされないのだから、そう思うのも無理はなかった。
 未だ宮下の世話になっているであろう浅見竜也は、イチコの念頭にはなかった。
 
 ぼんやりしているイチコに鞭でもくれるかのような電話をして来たのは、田舎の父親だった。
 忙しさにかまけていたわけではなかったが、田舎から足が遠のいていたのは事実だった。涼しくなってから行けばいいだろう、と気楽に構えていたイチコは、すっかり涼しくなってしまっていることに、改めて気づいた。そこでそろそろ田舎にも帰らないといけない事に思いあたった。
 ただぼんやりしているだけのイチコの気配が、通話を待っているように思えたのか、
 「あのう」
 と第一声を遠慮がちに繰り出した父親は、
 「丸いものがないんや」
 と言った。
 イチコは仰天した。久しぶりに頭をくらわされた気分である。丸いものとは、この父親が言う場合、お金のことなのである。昔から父親はお金のことをそう表現していたのだ。
 父親に金がないと言われても、イチコの勘定ではそんなはずはなかった。そこそこ貯金もあれば、年金も二ヶ月に一度ちゃんと人並みには入って来ているはずだった。
 さては、家か、とイチコには思い当たる節があった。
 夏前に行ったとき、建築業者が来ていたのである。
 敷地の東側に連なる長屋を倒し、その代わりにブロック塀を築いている最中だった。母屋からつながっていた浴場と厠もついでに倒してしまったので、離れの横を改装してそこにしつらえるようにしていた。そこまではイチコも見届けていた。長屋の跡地に土を入れるという話も聞いていたのだが、それも済ませているはずである。
 長屋は永年の風雨にさらされて、崩れかけている箇所もあったため、片付いてイチコもほっとしていたのである。
 そのとき母屋の方は触らなくてもいいから、とイチコは父親に伝えていた。それを触ったのではないか、とイチコは思ったのである。
 「いくら要るの?」
 イチコはとりあえずそう訊いた。
 「すまんな、三万あったら何とか」
 と父親。
 「わかった、持って行くから」
 これはどうあっても行ってみなければならない。イチコはそう思った。怠けていた罪悪感が、将来の危機感と入り混じっていた。
 「すまんな、わしも他に言うところがないもんでな」
 父親はもう一度詫びのことばを繰り返した。
 そもそも建築業者が入る前にイチコが考えていた将来図では、敷地はまったくの更地にしてしまい、父親には今より周辺状況の便利な県営にでも入ってもらうつもりだった。父親にもそのことはちゃんと伝えてあったのだが、いつのまにか、父親はその業者に仕事を依頼していたのである。
 「県営はどんな人がおるか分からん」
 と父親は言うのだった。
 イチコの生家は、百年以上の建築年数を経ている旧家だった。母方の先祖が地主だったため、その経済力に明かして厳選された材木で建てられた家屋なのだが、それゆえ持ちこたえているだけで、中の実情は隙だらけである。少々の金額を出したのでは完全な修理など出来ない状態だった。
 母屋は東屋の載った、見るからに大きな二階建てである。
 本来ならば、定期的に手を入れていれば、どうということもないのだが、若い時を遊んで過ごすような当主が家を継ぐとこうなる。
 そんな修理をするくらいなら、倒した方が賢いと思っているイチコは、いくらお金を掛けても足りないから母屋は触らなくていいと父親に伝えておいたのだった。

 

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コメント


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神瀬一晃さまへ

 こちらこそ、ご訪問ありがとうございます。
 まだ暑さが残ってますが、元気しております。
 こら、イチコなどほっといて勉強しなさいよ、と言ってもよいですか?(笑)
 来て下さるのはとても嬉しいことですが、心配でもあります。分かってほしいなぁ(笑)
 子供扱いをしているわけではありませんが、本当に気を使わなくでいんですよ。発表日には、イチコに朗報を持って来て下さい。それだけでいいですよ(笑)
 

紗羅の木 | URL | 2007年09月10日(Mon)03:10 [EDIT]

 お久しぶりです。
 いかがお過ごしでしょうか?w

 やはり、イチコの身の回りでは金の動きが多いようですね。それがこの作品の魅力の一つでもあると、私は思っています。
 私はまだ子供なので、深い大人の事情は良く分かりませんが、それでもイチコが大変な人生を送っているのは、なんとなく分かる気がします。
 その大変が、良いことなのか悪いことなのか、それが後々に分かるようになるのかな、と期待を抱きつつ。

 学校始まってからというもの、帰宅する頃にはエネルギーが切れて、気力が無くなるという事態です。帰宅時間が9時ぐらいになってしまいますし。
 ちょっとエネルギーの配分を考えた方がいいですよねぇw

神瀬一晃 | URL | 2007年09月09日(Sun)20:38 [EDIT]

奈緒さまへ

 奈緒さん、いらっしゃいませ。
 現在進行形でやっているときには、失敗するなんて思ってませんものね。悪い結果が出ると「一寸先は闇」と後悔できるのですが。
 リセットは出来なくても、その傷を笑っていたわってやりましょう。勲章ですよ。
 

紗羅の木 | URL | 2007年09月07日(Fri)03:42 [EDIT]

紗羅の木様

私は、あまり無理はしないようにしてます。いろいろと^^
若い頃結構無茶な生活をしてしまって、体を壊して、田舎に戻ってきたんです。
今は自宅で仕事をしながら、隠居生活に近い暮らしぶりなんです。
学生の頃は、早く家を出たくて仕方なかったんですけどね。
人生ってわからないものです^^
トラブルは乗り越えられれば、笑って話せる時がかならずやってくる!!
そう言い聞かせなくちゃ、やっていけない時期が誰にでもあるのかもしれませんね^^

それでは、ポチリ

奈緒 | URL | 2007年09月07日(Fri)02:12 [EDIT]

奈緒さまへ

 いらっしゃいませ。こちらでお返事を書くのは久しぶりです。
 情けなかったですよ。なんとか乗り越えましたが、苦しかったですね。トラブルがいくらでもやって来る感じでした。いらないのにねエ(笑)
 奈緒さん、大丈夫ですか? 気を使っていただいていつも申し訳ないです。
 無理は禁物ですよ(イチコ談)

紗羅の木 | URL | 2007年09月06日(Thu)21:15 [EDIT]

むむむ

どんなにひどい親だったとしても、なかなか縁はきれないですよね。
逆もしかりですけど。
お子さんたちも大きくなって随分手がかからなくなった頃。
今度は親って。
つらいですね~。

ポチリ。

奈緒 | URL | 2007年09月05日(Wed)23:55 [EDIT]

こんばんは。
父親との会話がリアルでいいなぁと思いました。
田舎の表現は参考になります。
沙羅の樹さんは小説が本当にお上手ですね。

雨宮千歳 | URL | 2007年07月26日(Thu)00:52 [EDIT]

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