始発駅

「イチコの選択」では大変お世話になりました。無事連載を終えた今、このブログで何ができるのかを考えています。のんびりお付き合い頂ければ幸いです。

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試練(5)

 平成十三年。
 三月になり、父親の退院を病院から促されていたイチコは、ケアマネージャーとの打ち合わせや転院先の確保に追われていた。
 介護保険の認定度は、要支援だった。これをフルに活用するとしても、透析患者である父親を病院まで送迎するサービスをしてくれる事業所を探す事は難しかった。これが普通の患者であれば受けてくれるのだが、透析患者となると、どこも受けてはくれないのである。入院中の病院にそのサービスがあればイチコも慌てないのだが、それはなかった。そのため仕方なく、転院を視野に入れることになったのである。
 イチコの希望にかなった病院は隣町にあった。養護施設も開設している循環器科専門の病院だった。施設に入所してなくてもよいのかを打診したところ、快諾の返事だった。そのかわりと言ってはなんだが、送迎料金を請求される。この料金を念頭に入れてケアサービスをセッティングして行く。限られた予算でやって行くのだから、手間が掛かるのだ。ケアマネージャーの話では、月十万はいい方で、まだ悲惨なところもあるという。老後のそういう話は暗かった。
 食事療法は腎臓患者向けの弁当を配達しているところを自治体がお抱えにしていたので、これを利用することに決めた。半額自治体が持ってくれるというのだから、利用しない手はなかった。ただし、これは自治体によって異なる。切羽詰まったイチコが父親の居住する自治体に足を運んで調べたものである。
 こうして退院後の受け入れ体勢がようやく整い始めた頃には、桜の開花を待ちわびる時期になっていた。
 そんなある日、生活費の受け渡しのために行なう事務連絡以外そっぽを向いていた宮下と話さざるを得ない出来事がイチコの側に起こる。
 
 ちょうど学年末の最後の日だった。仕事に出る準備をしていたイチコは、鳴り出した電話に出て、愕然とする。異様な空気だけが受話器越しに伝わって来た。
 最初は何が起こったのか、イチコは分からなかった。
 電話の声の主は長男の担任だったのだが、その声が次男の名前を告げていた。
 担任から連絡があるまでこのまま自宅待機をして欲しい、担任は救急車に付き添いで乗って行ったので、と言う。時間にしてほんの十数秒であろうか。ここまで聞いて、イチコの意識はやっと覚醒された。フィルムのコマ回しのように、先ほどから聞いていた話が記憶として蘇って来た。
 また受難の電話だった。次男が学校の二階から落下したのである。
 「様子は?」
 イチコはやっと声を発して訊ねた。
 「意識はしっかりしてました。頭は打ってないと思いますが」
 長男の担任は、とにかく担任からの連絡を待って下さい、自分では何とも言いようがない、と言った。
 了解の旨と礼のことばを言って電話を切ったイチコは、また受話器を取り上げた。職場に連絡を入れるためである。衝撃を受けた脳の熱はなかなか冷めなかった。再び電話を切ったところへ、電話が鳴った。
 待ちわびていたイチコはすぐ電源を押す。今度は間違いなく次男の担任の声だった。
 担任は搬送先の病院を告げると、
 「お母さん、ここまでどうやって来る? 車か? 車なら事故をせんように来てくれよ」
 イチコに言い聞かせるように言った。
 



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