始発駅

「イチコの選択」では大変お世話になりました。無事連載を終えた今、このブログで何ができるのかを考えています。のんびりお付き合い頂ければ幸いです。

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試練(6)

 病院に着いたイチコは迷うことなく救急の入口に駆け込んだ。CT室の前に行くと、担任がイスに腰掛けていた。担任に会釈をしたイチコは、立ち止まってCT室のドアを見つめた。次男はここで検査中なのだ。
 待つまでもなくCT室のドアが開き、次男を乗せた担架はすぐ現れた。 
 「MRIに行きますから」
 駆け寄ったイチコに看護師は事務的に告げる。
 「おい、お母さんが来てくれたぞ」
 イチコと同時に駆け寄って来た担任が、次男に声を掛けた。その瞬間次男は声を殺して泣き始めた。薄い掛け物から覗いて見える次男の両足は、これが人の足なのかと目を疑うほど、変形したゴムまりのように赤黒く膨張していた。
 泣いている次男の涙が痛みよりも悔しさであることをイチコは感じた。まだ検査結果は出ていないが、この怪我がずっと頑張って来た次男の野球生活に響くことは間違いなかった。来季のレギュラー入りはとうてい叶わないだろう。来季がないということは、もう後がないということである。次男はおそらくそのことを考えているのだ、とイチコは思った。
 「もう泣くな」
 担任は次男に笑ってみせた。その横でイチコは次男の頬に軽く触れた。
 次男は幼い頃から乱暴で手悪さの激しいワルガキだったが、その代わりめったなことでは泣きもしないクソガキだった。まるで根競べでもするかのように、イチコを手こずらせていたのである。店をしている奴でイチコの顔を知らない奴はもぐりだ、と言われるくらい、この次男は自宅近辺でイチコの顔を売って歩いたのだ。
 MRIが終ってもまだX線もあるはずだから、次男とは当分会えそうもなかった。
 「頑張れ」
 イチコは陳腐なことばを次男に掛けた。他にことばが浮かんで来なかったのである。

 待ち時間の間中、次男の担任は足よりも大腿骨の骨折をしきりに心配していた。体育会系でその道を歩んで来た担任である。二階からの落下による事の重大さはイチコよりもよく分かっていた。
 「頭は絶対とは言わんが、あの分なら心配ないとワシは思っとる。問題は踵と大腿骨よ」
 大腿骨や踵をやると修復はされても、スポーツをする人間なら絶対後に響くのだ、と言う。
 救急の処置室にイチコが呼ばれると、担任は付き添うようにイチコの後に付いて中に入った。
 「こちらご主人ですか?」
 医師が問うと、
 「は、ええ、まあちょっと」
 担任はそのいかつい見かけに似合わない表情で困ったように笑った。
 「担任の先生なんです」
 イチコは横から補う。担任の気持ちが身に染みていた。こういう場合、宮下がこの担任の役目を果すはずなのだ。宮下はもう起きているだろうか、とイチコはたいして離れた距離に住んでいるわけでもない宮下に思いを馳せた。
 宮下の存在を忘れていたわけではないが、家を出るときイチコは病院ですぐ要求されるものは何か、ということしか考えなかったのである。保険証と印鑑をカバンに突っ込むなり出て来てしまった。冷静にしているつもりでも慌てていたのかもしれない。
 もっとも、連絡を入れたからといって宮下がすっ飛んで来て、この担任のように付き添ってくれるとはイチコも思ってなかった。  

 


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コメント


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奈緒さまへ

 記事に対するコメを、とこだわる必要ないです(笑) 
 こだわってたら、お互い続きませんよ。せっかく下さるのならば、好きなことを書き込んでおいてください。何でも対応します。こちら百戦錬磨です(これはウソ) 
 気紛れ?? 奈緒さんが??
 わたしはまだ一度もそう感じたことないですよ。啖呵を切って愉快な奈緒さんですよ。
 ラストまでよろしく、です(笑)
 いつもありがとうございます。
 

紗羅の木 | URL | 2007年09月11日(Tue)01:53 [EDIT]

TT

熱しやすく冷めやすい人って、大体が結構気まぐれなんですよね^^;
そのときの気分で誰かに手を差し伸べて、ある時には跳ね除ける・・・・・。
結構人を傷つけてしまうんです。

さて・・・。これから老人は生きにくい世の中になっていくことは間違いありません。
諸所の負担は増えいくでしょうし、格差も広がっていくと思います。
弱い物が生きにくい、嫌な時代になりつつあるのかもしれません。
息子さんの事故?もなんといったらいいのか・・・・・。
こんなときにかける言葉・・・・つら過ぎて何もいえないです。
せめて、思ったより軽症であることを祈るほかありません。。。

こんなコメントですみません・・・・ポチリ。

奈緒 | URL | 2007年09月11日(Tue)00:28 [EDIT]

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