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始発駅

「イチコの選択」では大変お世話になりました。無事連載を終えた今、このブログで何ができるのかを考えています。のんびりお付き合い頂ければ幸いです。

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試練(7)

 X線写真を照明ボードにかざしたまま、医師は長い間じっとそれを睨んでいたが、二、三度納得したように頷き、
 「これで見る限り大腿骨に骨折は見受けられませんね。まだ検査はしなければなりませんが、奇跡的ですね。普通はここをやるんです。わたしもそれを一番心配していたんですが」
 先刻担任から話を聞かされていただけにイチコはほっとしたが、
 「あいつは体が柔らかいから。それに運動神経もいいんだ、よかった」
 担任はイチコよりも喜びを露にした。
 「頭の方は心配いりません。着地のときの姿勢がよかったんでしょう。踵も骨折は見られませんよ」
 そう言って医師は次の新しいX線写真をかざした。それを見たイチコは思わず口に手をあてがった。そこに浮き上がった次男の足の骨の映像はそれほどむごいものだった。
 両足の中足骨と指骨がねじれていたのである。着地時につま先で全体重を受け止めたためである。いかにその衝撃が大きかったかをX線写真は見せ付けていた。右足の状態は利き足であるためとくにひどかった。
 これだけで済むのは幸運だと目の前の医師はさらっと言うが、イチコには痛々しい話だった。
 「今夜緊急手術をします」
 折れ曲がって変形している骨を整形するために、中に細い金属を何本か入れることになる、と医師は言った。入れるということは、それを取り出す手術もあるのだ。
 右腕の前腕にも少々ひびが入っているが、こちらはギブスを装着するだけでよいという事だった。次男の長期入院は確定だった。
 手術の同意書に署名と捺印をして処置室を後にしたイチコは、嫌でも宮下に連絡を取ることを考えなければならなかった。
 また金の心配事が出来たのである。父親を抱えた上に次男がこれでは、経済的に切迫することは目に見えていた。
 そうでなくても何かひとつ事があれば、それに振り回されるている間、予定外の余分な費用がびっくりするほど出て行くのである。まさにここ何ヶ月もの間、イチコの生活はそれだった。
 少々の余分の金なら、あの七年以降何もなかったのだから、イチコも持っていた。しかしそれはないものと思わなければならなかった。使ってしまっては突発的に何か起こった場合慌てなければならない。その何かが今は父親なのである。
 イチコが必然的に思い立ったのは、言うまでもなく不二子さんに貸した金のことだったが、明るい光が見えて来る兆しは一向になかった。相変わらずの貫禄でイチコの職場にも顔を出すようになっていた不二子さんは、買物はしても返済の素振りを見せることはなかったのである。
 かといって、息子たちの将来のためにキープしてあるものにはイチコは手をつけたくなかった。将来といってもすぐなのである。長男の方は私立高を専願で受けるしかないことを、このころすでにイチコは覚悟していた。前年度の出席率が悪いのだから公立は無理というものだった。下手をすれば次男も私立になる可能性がないとは言えないのである。そのあとのことも考えてやらなければならない。イチコは父親が言っていたように、何でもいい、という考えだけは持てなかった。

 この状態がいつまで続くのかは父親のこれから先の生存期間を追及するようなものだが、年老いて娘に迷惑を掛ける失敗をしてしまった父親の姿は、イチコには大きな衝撃だった。独り暮らしで淋しかったことが一つの原因であることは否めないが、それまでの本人の在り方にも原因はある、とイチコは思う。
 イチコには父親が反面教師になっていたのかもしれない。 
 自分達夫婦に社会的地位がないことをイチコはずっと見据えて来たのである。
 父親の失態が発覚して以来、宮下とはどこかで時間をとって先の話をしておかなければならない、という焦燥にもイチコはずっとかられて来た。父親の姿が、息子までも腐して寄り付かなくなった宮下の将来の姿に思えたのである。
 今回の次男の怪我はそのチャンスかもしれない、とこれまでずっと話すきっかけに恵まれなかったイチコは思った。

 
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コメント


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神瀬一晃さまへ

 早いですね。起承転結、その王道を踏まえているとはとても言えないですが、言うなれば、まだ「承」くらいではないでしょうか。
 イチコさんは、何でも背負い込むのが好きなようですよ。お金の流れと夫婦関係、不二子の動き、三点セットでお話が進行して行きます。このあたりは小出しですが、「醜態」あたりから顕著になります。
 また時間のあるときにでも覗いてやって下さいな。いつもありがとうございます。

紗羅の木 | URL | 2007年11月05日(Mon)09:20 [EDIT]

 早速ここまで読んでみました~。

 んんー。
 あれですね、不幸と言うのは重ねてやってくるものなんですね、やっぱり。
 次男がどういう経緯で落ちたのか……。

 この辺りが起承転結で言う転の辺りになるのかな。
 ではではっ。

神瀬一晃 | URL | 2007年11月04日(Sun)13:53 [EDIT]

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