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始発駅

「イチコの選択」では大変お世話になりました。無事連載を終えた今、このブログで何ができるのかを考えています。のんびりお付き合い頂ければ幸いです。

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試練(9)

 イチコが家に上がると、長男が待ち構えていたかのように、自分の部屋から出て来た。
 「あいつ、どうなん?」
 「もう少ししたら手術が始まるわ。当分入院生活になると思う」
 イチコは怪我の状態を説明し終えると、
 「で、何で二階から落っこちたの?」 
 「あいつ、バカなんだって。窓の外をぶら下がって歩いてたらしいぜ。俺、担任から聞いてびっくりしたわ。学校中大騒ぎになって、このことはみんな知ってるわ」
 「そうだったんだ」
 こういう話は広まるのが早い。 
 あの次男のことだからイジメに遭うことはないと思っていたイチコだったが、念のため長男に確認したのである。
 宮下に電話を入れたときは情報がなかったので報告出来なかったのだが、宮下が昔のままなら、その部分を知りたがらないはずはなかった。書類を書きに戻って来たならば、しつこく聞いて来ることは目に見えていたのである。
 「ほんま、あいつロクなことしねえよなあ、こんなときに限って。オジイもオジイだけどさ」
 どうやら長男はそっちの心配をしていたようである。
 「こっちの入院費は圭ちゃんに頼んでるから大丈夫よ。圭ちゃん、もう少ししたら帰って来ると思うんだけど」
 とイチコは時計を見上げた。あまりゆっくりもしていられないのである。
 宮下が帰って来ると聞いた長男は怪訝な顔をした。
 「オヤジ、どうしたん? なんで?」
 「いっしょに病院へ行くんじゃあないよ。保証人を頼んだから書類を書きに帰って来るの」
 「へえ、オヤジが? 保証人って、いるの? 入院するのに?」
 「支払い能力のない人もいるからね。そういうときのためよ」
 言い終えると、家の電話が鳴った。ちょうど立っていた長男が子機の方を取る。少し話していると思ったら、
 「ほれ、おかん。オヤジ」
 そう言って長男はイチコに子機を渡した。
 イチコはさっき話したばかりなので、少し驚きながら子機を受け取り、
 「はい、何?」
 耳を澄ませた。
 「おまえ、ちんばになれへんのやろ?」
 宮下の第一声である。ちんばというあまり使わないことばに、イチコは一瞬だが、思案した。
 「ちんばにはならんのやろ、言うとんや」
 宮下は少し怒鳴った。
 ちんばは、びっこのことである。
 宮下の熱気が伝わって来て、イチコはおかしくなった。この声を聞くとイチコはなぜか安心するのである。
 「それは言われなかったけど? 手術の結果しだいじゃない?」
 「そうか、そんならええわ。それで、何をしとったんや、あいつは? なんで二階から落ちるんや?」
 宮下は少しも変わってなかった。少なくともイチコにはそう感じられた。
 「上の子が言うには、窓の外にぶら下がってたらしいわ。足を滑らせたんじゃないかと思うんだけど。本人とはまだ話せてないから」
 「ばかか。ほんま、あほちゃうか」
 宮下は聞くことだけ聞くと、言いたいことを言った。
 イチコは時間が気になった。病院に行ったからといって何もすることなどないのだがそれでも気がせくのである。
 「ねえ?」 
 「何や? 心配せんかてちゃんとしたるわい。おお? 病院に行っとったれや」
 宮下はすぐ帰って来れる体勢ではなさそうだった。集金に行かせた者の帰りを待っているのかもしれなかった。この調子ではいつ会えるのかも分からなかった。
 「テーブルの上に置いておくから」
 「おお」 
 宮下のいつもの返事を耳に入れると、イチコは電源をオフにした。整理ダンスを開けて手短に荷物を作る。
 「オヤジ、なんて?」
 「ちんばにはならないのかって」
 答えながらイチコは玄関に向かった。イチコの答えを聞いた長男は、クスクス笑いながら、
 「ちんば? 何やそれ?」
 イチコと同じ感覚である。
 「あっ、悪いけど、何か買って食べといて」
 イチコは苦笑して千円札を長男に渡した。夕食がまだだったことを思い出したのである。
  
 

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