始発駅

「イチコの選択」では大変お世話になりました。無事連載を終えた今、このブログで何ができるのかを考えています。のんびりお付き合い頂ければ幸いです。

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試練(12)

 長男の予想通りイチコが帰宅して間もなく家の電話が鳴り始めた。イチコはその音に一瞬ひるんだが、長男にせかされて受話器を取った。
 「もしもし」
 と応答すると、
 「どこ行っとったんやあ」 
 宮下は鼻息も荒く怒鳴った。
 「ごめん、買物に出てただけよ」
 「おお、何言うとんやあ。何回電話させとんやあ」
 「だから、ごめん」
 「ほんまあ、五分や。五分で行く」
 宮下の舌打ちを聞いて受話器を置いたイチコは思わず溜息を付いた。そばで聞いていた長男はほっとした顔をして下に降りて行った。
 宮下は浮気の可能性でも考えて自分のことを疑っているのではないか、とイチコは宮下の考えていることを想像してみた。わざわざ家の電話に掛けて来るのだから妥当な考えだった。が、やはりそんな理由ではイチコは納得がいかなかった。
 仕事に行っていることに勘付いたということが、一番ありうることだったが、それでもイチコはどこかしっくり来ないでいる。これまでにも帰りの遅い日は何度となくあった。それでも今まで何事もなく来たのである。
 この日はこれだけで終ったが、宮下はイチコが電話に出ると、何回かに一回は必ず不二子さんのことを持ち出して怒鳴るのである。それもいつも唐突なうえ尋常なものの言い方ではなかった。
 「おまえ、まだあのババアと付き合っとんか」
 と開口一番いきなり怒鳴るのである。
 まるで、やくざ相手に先手を取って優位な喧嘩に持ち込もうとしているかのようだった。
 「やめてよ、どこに向けて言ってるの」
 とイチコがたしなめると宮下は静まってくれるのだが、放っておくと口から泡を飛ばすほどの勢いになる。
 それにしてもなぜ不二子さんのことで叱られなければならないのか、イチコはずっとこのことを考えていた。不二子さんに金を貸していることがばれたのだろうか、と疑ってはみるが、どう考えてもそれはあり得なかった。別居状態になってからというもの、イチコはこちらであった出来事を宮下に話したことは一度もなかった。彼女に融資してからは、特に用心してきたのだから、彼女が家に出入りしていることなど宮下が知るはずはないのである。
 八年のことをまだ根に持っているのか、とも考えてみたが、それでは五十万の生活費との引っ掛かりがなかった。第一そんな古いことを持ち出して来るほど宮下も野暮ではないはずである。
 宮下が何を考えているのか、イチコには分からなくなっていた。

 イチコはそれでも宮下になぜ怒っているのか、その原因を聞いてみようとは思わなかった。壊れかけた自分達の仲を取り戻すことはもう出来ないと確信していたのである。宮下とは子供がいるがゆえの金だけの繋がりになりつつあることを次男の入院以来イチコは認識していた。
 どんな理屈をつけようが、今のイチコに一番必要なものは宮下が持って帰る金だった。その宮下を怒らせるようなことは絶対にするべきではなかった。
 この日以来、運悪く宮下の電話に出て怒声に当たると、
 「ごめん、田舎に行ってたのよ」
 とイチコはできるだけ宮下を怒らせないようにやり過ごすようになった。不二子さんのことにしても、
 「保険で世話になってるだけだから。あれは今保険会社に行ってるの、知ってるでしょ」
 などと偽ってかわした。
 お互い何も知らなくてもつつき合わなければ平穏にやって行けるはずだった。金だけの関係ならそれで十分だとイチコは思った。それは宮下がイチコに望んだことでもあるはずだった。  



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コメント


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神瀬一晃さまへ

 こんにちは。
 休日くらいはゆっくり過ごして下さいな(笑)
 「転」は、まだ先かな。
 どこだ、と言われるのなら、イチコが返済請求をするあたりから「転」になるのかな。
 長い年月をまたいでの謎解きなので、読み終えるまでの道のりも長いのか(笑)
 まったりしていて下さいな。本業の方が大切です☆
 本日はありがとうございました。

紗羅の木 | URL | 2007年11月12日(Mon)10:33 [EDIT]

 こんにちは。

 んー、またしても宮下の態度が激変……。
 感情がお忙しい方のようです。

 今日は早めに起きようと思っていたのに、結局起きたのが9時という体たらくでしたw
 目覚ましかけたはずなのに、切れていました。
 消した覚えは無かったのですけどw

 そろそろ転の場面に入っていくことになるのでしょうか。
 読む速度はまったりですが、また読みにきまーす。

神瀬一晃 | URL | 2007年11月11日(Sun)10:51 [EDIT]

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