始発駅

「イチコの選択」では大変お世話になりました。無事連載を終えた今、このブログで何ができるのかを考えています。のんびりお付き合い頂ければ幸いです。

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試練(14)

 やはりこんな男だったのかという衝撃よりも、そのせりふを言ってしまえる宮下にイチコは腹が立った。
 「あなたが何かしてくれるわけじゃないでしょうが。下の子が入院してた時何してたの? こっちは病人二人抱えてたのに知らん顔して」
 宮下は珍しく休戦した。イチコに負い目があるからであろう。しかし、すぐ立て直して来た。こういうところはやくざの真骨頂である。
 「お? おまえ、何抜かしとんや? 子供ほったらかして仕事に行きよったんか? ちゃんとおったれやあ。田舎帰れ言うとったやろがあ、オレは。そうすりゃおまえ、家賃分だけただ取りやねえか」
 「子供はちゃんと知ってるわよ」
 イチコは言ったあとですぐ後悔した。が、遅かった。
 「こらあ、子供らあ、おまえがどこ行っとるか知らんいうて言うとったやねえか。おお? みんなでオレを騙しよったんか?」
 「子供にはわたしが言ったのよ。あなたにオヤジのことを知られたくなかったから」
 「お? そんなんやったら別れるか? おお、もう別れたらええやないか」
 イチコも宮下に劣らず早かった。どきっとしたくせに、その自覚もなかったかもしれない。
 「あん? 何言ってるの? あんた、子供を放棄するの? あんたの子やで」
 少々の感じ悪さならこの際イチコは気にも止めなかった。子供を楯に凄まれた宮下は黙った。
 宮下が黙っている間、イチコも黙っていた。
 やがて宮下は鼻息を荒げて言った。
 「五分したら着くから降ろしとってくれ」
 イチコはやけに丁重な礼を言って電話を切った。今宮下と別れるなどとんでもないことだった。
 
 口論の余熱でのぼせているイチコの頭の隅っこでは、宮下が別れるきっかけを捜しているのではないかという疑念が湧いていた。長い間気づかない振りをして来ただけの自分をイチコは再認識していた。
 家の電話を置いたイチコは携帯を手に取り、アドレスから不二子さんのナンバーを引出した。彼女が絶対に何かを知っている、という強い勘が働いたのであるが、イチコは自分の考えていることすべてに自信を持っていたわけではなかった。
 イチコのコールに不二子さんはすぐ応答して来た。その声を確認したイチコは、
 「あのね」
 と用件を切り出した。
 「圭ちゃんの様子がおかしいから、あれの生活が知りたいんだけど、事務所に行ってみてくれない?」
 何度か頭の中で繰り返して検討を重ねたせりふだった。不二子さんが何か知っていることは間違いないと思っているイチコは、彼女に鎌を掛けたのである。宮下が彼女と付き合っていることを咎める理由は、彼女が何か知っているからなのではないか、というのがイチコの推測だった。
 その何かがイチコは知りたいのである。
 「え? あんた」
 不二子さんは、しばし何も言わなかった。
 その沈黙を、自分の勘働きが肯定されたものとしてイチコは受け止めた。
 自分の考えていることが当たっていないことを祈りながら、イチコはほんの一刹那だが、長く思われる沈黙に耐えた。
 



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