FC2ブログ

始発駅

「イチコの選択」では大変お世話になりました。無事連載を終えた今、このブログで何ができるのかを考えています。のんびりお付き合い頂ければ幸いです。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

試練(18)

 イチコから返済の請求をされたからといって不二子さんの態度にこれといって目立った変化があるわけではなかった。
 断片的な出来事はいくつかあった。それは不二子さんという女性がいかにしてイチコたちの間を泳いで来たかを如実に窺わせる、日常的だが、背面的な出来事である。当事者であるイチコは何気なくやり過ごしてしまうのだが、水面下に潜ったそれらはのちの争いの火種になるべく、その時を待つことになる。
 次男が高校に入学して間もない五月頃のことである。宮下に繁華街でばったり会ったと、不二子さんは電話でイチコに伝えて来た。
 「あんた、あの店知ってる?」 
 不二子さんはあるゲーム喫茶の名前を挙げた。
 「あの店、生きてるの?」
 イチコは思わず話に釣られた。
 それはイチコには懐かしい店だった。よくたむろしに行った場所である。入口に暗幕が張ってあり、それを払って体を滑り込ませると赤いソファが一番に目に飛び込んで来る。当時のそんな光景がイチコの脳裏に蘇っていた。
 「そう、生きてるわよ。そこで宮ちゃんに会ったんだって。わたしが座ってたら、おかんって」
 彼女の前置きはいつも長いのである。
 おかげで話が始まると、イチコはいつも長期戦の姿勢を強いられる。
 「あんた、あのことまだヨメに言ってないでしょうね? って。わたしも言ってないわよって言ったの。そしたら宮ちゃん、おおって。それでわたし言ってやった。あんた人間としての常識だけは守ろうねって。そしたらまた、おおって」
 イチコは頷く個所もないので黙っていた。
 「あいつと話をすることはもうないだろうって宮ちゃん言ってたわよ。でも子供が二十歳になるまでは俺はちゃんと見るからって」
 不二子さんはやっとここで話を一段落させた。
 「いいじゃない、それで」
 イチコは短い感想で済ませた。
 イチコは宮下が養育義務さえ果たしてくれるなら構わないと思った。
 あれだけイチコとやり合った宮下ではあったが、その後も毎月の生活費だけは欠かさずイチコの元に届けていた。たまに月末までに届かないことがあったとしても、イチコは事務所に電話を一本入れておけばよかった。
 イチコから連絡があった事を耳にすると、宮下はそれこそ吹っ飛ぶようにして届けに来るのだった。まるでイチコが取立て屋で、宮下はそれに睨まれた債務者のような関係である。宮下が内心おもしろくない思いをしていることは、イチコにもよく分かっていた。その宮下が養育義務をきちんと果たしてくれる気があるなら、何も言うことはなかった。それなら宮下を憎むことなく別れられる、とイチコは思ったのである。
 「あんた、それからお兄ちゃんのこと」
 不二子さんは宮下の代理人とイチコの代理人を兼ねているような立場で話を続けた。
 長男がどこの何という高校に行っているのかも俺は知らない、と宮下がカンカンだと言うのである。
 「だからわたし、ちゃんと教えてあげたのよ。そしたら高い学校に行ってからにって。俺は中高一貫校に行かせるとあれから聞いとるのにって。あんた、だめじゃない。ちゃんと言わなきゃ宮ちゃん、そりゃ怒るわよ。あんた、弟。野球部に入ったって言ってたでしょ? 挨拶を兼ねてちょっと事務所に連れて行ってやろうか? 行ったらわたしが言うじゃない、あんたちょっと小遣いくらいしてやりいやって」
 イチコはあまり気が進まなかった。こういうやり方は好きではないのである。それに人間としての常識って何だ、と不二子さんの口から出たことばを呪っていた。彼女の口からそういうことばが出ること自体、イチコは気に食わない。
 「いきなり行ったりしたら宮ちゃんもブツが悪かったらいけないから、電話して行くから。ヨメが圭ちゃんの都合のいいときにしてって言ってるけどって、わたし聞いてみるから。少しでもお金もらったらあんただって助かるじゃない? ユニフォームだって馬鹿にならないってこぼしてたでしょ? お兄ちゃんだって誤解されたままじゃ可愛そうだから、いっしょに行って貰うもの貰ってきたらいいじゃない」
 長い話は彼女の独壇場である。
 詭弁だ、とイチコは思った。不二子さんがこういう詭弁を使うことはイチコには新発見だったのである。
 「そしたらまた連絡入れるから」
 不二子さんは自分の案に乗り切った様子で一方的に電話を切った。 
 
 
クリック  ご訪問ありがとうございます 
 ↓  
 FC2 Blog Ranking
ブログランキング・にほんブログ村へ 
 
 
 
 
スポンサーサイト

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する
 
神瀬一晃さまへ

 神瀬さん、こんばんは。
 大丈夫ですよ。何とも思ってませんので、ぜんぜん気にしなくていいです。
 逆に長いお付き合いになって来ましたので、お邪魔させて頂くことでわたしの方が和ませて頂いてます。
 応援タグ、これまで気が向いた時に押していましたが、押すように心得ましたので。そのつど書きませんが(実は書くのがあまり好きでなかったりします。気が向くと書き記す、という感じでお願いします。甘えん坊で申し訳ないです)
 本日はご訪問ありがとうございました。

紗羅の木 | URL | 2007年12月03日(Mon)12:08 [EDIT]

 どもども~。
 こちらに来るのはまたしても久しぶりに……。

 いつもいつもすみません。
 私のブログには、それこそ毎日のように来て貰っているというのに……。恩を仇で返すようで。
 時間を見つけて、出来る限り顔を出させて貰おうと思います。

 ではでは、応援のポチッとな。

神瀬一晃 | URL | 2007年12月02日(Sun)16:56 [EDIT]

MADSPECILさまへ

 お元気そうで何よりでした。
 ハンチクはわたしも同じです。みっともなくあがいて泳ぎ切りましょう。
 一度狂うとリセットはできませんが、あがくのをやめたら終わりですよ(笑)

紗羅の木 | URL | 2007年08月13日(Mon)13:44 [EDIT]

イチコさん、こんにちは!何か何時もすいません、俺のくだらない話にコメントなんか下さって。気を使ってくれなくても良いですよ?でも嬉しいです、ありがとうございます。イチコさんの現在が気になって先が楽しみですが、俺の話は、寄り道が多くていけません。まぁ、大した男じゃない奴なんで、一生ハンチクです。また、暇な時覗いてやってください。頑張って下さい、失礼します。

madspecial | URL | 2007年08月12日(Sun)13:55 [EDIT]

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。