始発駅

「イチコの選択」では大変お世話になりました。無事連載を終えた今、このブログで何ができるのかを考えています。のんびりお付き合い頂ければ幸いです。

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試練(20)

 「あんた、誰か法律関係の人知らない? いい人いたら紹介してくれない?」
 不二子さんがただならぬ匂いのすることをイチコに頼みに来たのは十一月に入ってからだった。
 「何人かに当たったんだけど、いい話にならないのよ」 
 いい人などと言われてもイチコは一人しか知らない。ちょうど他の仕事を頼んでいたため、このころイチコはしょっちゅうその先生の事務所に出入りしていた。
 「何なの?」
 紹介しないこともないが、自分の紹介になる以上イチコはおおまかな事だけでも知っておきたかった。が、彼女は首を傾げ、
 「うん、ちょっと」
 言おうとしない。
 「司法書士の先生でもいいの?」
 「ウン、あんた、仲のいい先生がいたでしょ? わたし、そこへ連れて行ってくれない? 話だけでも聞いてもらえたらと思って」
 彼女はこのとき分厚いクリアファイルを胸に抱くようにして持って来ていた。自分が返済の催促をしたので、それに関することだろうか、とイチコはいぶかしんだが、あっさり承諾した。
 「付いて来るのはかまわないけど、じゃあ話は自分でしてよ?」
 いくら仕事であっても自分と付き合いのある知人が不利になることなら受けない先生である。そのことを知っているイチコは、彼女の話が何であろうとかまわない、と思い直したのである。
 イチコは不二子さんを助手席に乗せ、裁判所に通じる方角に向けて車を発進させた。先生の事務所は片側四斜線の道路を隔てて裁判所前に位置している。法務局も裁判所の隣にあり、法律家の事務所としては絶好の場所だった。
 
 来訪客をイチコと認めた先生は、
 「おお、来たのか」
 と顔を上げた。
 いつもの定位置に座って、食後のお茶を女性事務員に入れてもらっている。イチコの背後を窺うようにしながら、
 「イチコさんとそっちの?」
 「先生、ちょっとご相談にのってやって頂けますか?」
 イチコは不二子さんの姿が見えるように体を横に滑らせた。
 「あ、そう」
 先生は彼女をちらりと見ると、事務員の女性に言いかけていた続きを伝える。
 「そっちのお客さんにもお茶を差し上げて」
 イチコはいつもの場所に座ろうとしたが、
 「ちょっと椅子」
 人使いの荒い先生である。イチコは自分に言われていると知る。ここに来るといつもこんなふうに使われる。
 書類棚に立てかけてある折りたたみの椅子を先生の横に開いて設置すると、
 「こっちよ」
 イチコはその椅子に不二子さんを招いた。
 これでやっと本題がスタートするのである。この先生は話を聞くだけなら自分のデスクから動かない人だった。まして昼食後とあってはよけい動かない。
 先生の仕事のセッティングをし終えたイチコはいつもの指定席である応接セットの隅っこに腰をおろし、その近くの事務机に戻った女性事務員と声を潜めて話を始めた。
 この事務所には先生の他に男性の助手が二人いる。全員顔を揃えていることもあるが、差し押えに出向いたり確定日付を貰いに行ったりするので、たいてい誰か一人は欠けている。もう一人先生の奥さんも常勤でいるのだが、この日は姿が見えなかった。

 
 

 
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コメント


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銀蛇様へ

 銀蛇さん、こんばんは。
 お元気そうで何よりです。
 
 呆れた不二子さん――作者の思うところとしては、あのバブルの波に乗っておかしな方向に行ってしまった典型のような女性でしょうか。
 宮下にも同じことが言えるかもしれませんが。
 何はともあれ、人間って罪ないきものですよ。って、すごく説明不足ですね(笑) このお話も説明不足な箇所が多々あります。いつも読んで頂いて、恐縮してます。
 
 小説、頑張って下さい。何か、手ごろな息抜きがあるといいですね。

紗羅の木 | URL | 2008年03月22日(Sat)04:29 [EDIT]

どうも
少し小説の執筆が詰まったので来ました。

宮下はやはり隠し子がいましたね……
不二子さんにも最早あきれるしかないといった感じです;

そして、不二子さんは一体何の相談をするつもりなのでしょうか。
またこの人が波乱を呼びそうな予感がします。

こんな環境で長男と次男はちゃんとした未来に辿りつけるのでしょうか……二人ともいい子みたいなので心配です。

銀蛇 | URL | 2008年03月17日(Mon)23:06 [EDIT]

神瀬一晃さまへ

 神瀬さん、こんにちは。
 この「ありがとう」最後までイチコの心に引っ掛かりを残したまま完結させたように覚えています。女としても母親としてもはっきり確認することは大変むごい事柄なので。
 イチコを主人公にしていることもあり、作者には周知の事柄であっても判断を読者に委ねて終わらせている事柄が多く存在しています。
 どこまで描けばよいか、どういう形で終わらせればすっきりまとまるのか、随分悩みましたが、読者の想像力を示唆するやり方もありかなぁ、という思いで完結させました。
 登場人物たちの屈折した感情を汲み取って頂ければ嬉しいです。
 もう少しページが進むと法律用語が頻繁に出て来てややこしくなりますが、屈折した真相が少しずつ解明されて行くと思います。
 このときの不二子の相談事は、ご推察のとおりのちに裁判へと移行します。
 本日はご訪問、コメントありがとうございました。
 

紗羅の木 | URL | 2007年12月10日(Mon)13:48 [EDIT]

 こんにちは。

 今日は2ページ分の感想を。
 このページの前。
 宮下の「ありがとう」という台詞が、どれだけ珍しいことなのか、イチコと不二子さんの会話で伝わってきました。
 不二子さんから話を聞いた時に、イチコが本当に驚いた……というよりも、むしろキョトンとしていたように感じたのは私の思い違いかな?

 で、このページ。
 話が飛んで、今度は法律関係とな……。
 不二子さんがいるとネタに困らなさそうですねぇ。
 裁判にでもなるのでしょうか。

 ではでは、またっ。

神瀬一晃 | URL | 2007年12月09日(Sun)14:14 [EDIT]

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