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始発駅

「イチコの選択」では大変お世話になりました。無事連載を終えた今、このブログで何ができるのかを考えています。のんびりお付き合い頂ければ幸いです。

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試練(22)

 不二子さんが公正証書についてどれほど理解できたのかは、イチコにとって問題ではなかった。作成においては債権者と債務者が揃って先生のところに出向くことが必要である。それさえ分かってくれたら他の説明は要らないはずだ、とイチコは思った。細かい詰めは先生のところに行きさえすれば全部してもらえるのだから、いらぬ説明は混乱を招くだけだと思ったのである。
 イチコはファイルに入っていた手形や書類の状況を先生に問い正してみることもなく、頼まれた用件は一応満たしたこととして後は彼女の判断に委ねた。作成しようがしまいが彼女の自由ということである。
 浅見竜也という名前が彼女の口から再浮上したのもこの頃である。
 その名前をイチコは忘れていたわけではないが、一度も会ったことがないためすぐに記憶にたどりつけなかった。
 浅見は七年以降、ほとんど外食産業ばかりを転々とし、ここ数年は現在の店に落ち着いているという。偶然にもその店は看板が違うだけで、イチコが行きつけにしているラーメン屋と同一経営の店だった。浅見はあれから足を洗って堅気になったということであろう。
 浅見が宮下のところに通い詰めてやっと債務を磨き終えたのがこの年だった。浅見が通った歳月は約八年間である。その長い年月をかんがみてであろう、不二子さんは支払いを待ってやって欲しいとイチコに迫った。
 「あんた。わたし、あんたのためにずっとあの子の面倒を見て来たんだから。ちょっと一年でいいから、休ませてやって」 
 「休んだら大儀になって払えなくなる。その勢いで払うから払えるっていうもんだよ」
 イチコは自分が父親の借金を払っているだけに、それが切実な実感だった。あの子というのも気に入らなければ、あんたのためにという彼女の言い草も気に入らなかった。
 「だってあんた、車も欲しいって言うし」
 「いいさ、あなたから頂くから」
 「だから、わたし、それは今考えてるじゃない」
 彼女が考えていたのはイチコに頼んで先生のところに連れて行ってもらうことだったと思われる。
 「払うのはあなただよ」
 にべもなく言うだけ言うとイチコは浅見の処置も彼女に委ねた。
 イチコの考えは七年当時と同じである。浅見などという男に会う気もなければ、どこで何をしていようと関心もなかった。浅見の世話がそんなに焼きたければ自分だけで焼けばよいではないか、と思っている。
 七年当時は何とも思ってなかったが、不二子さんの会話のリズムがイチコは苦手なもののひとつになりつつあった。彼女と話していると思考が狂うような錯覚を受けるのである。女として許せない存在になった彼女と付き合うことによってイチコの神経は悲鳴を上げていた。それを自分で意識しながら制御しているイチコも普通ではなかったが、いくらでもイチコに甘えて来る彼女も普通ではなかった。
 
 この年の十二月、入退院を繰り返していたイチコの父親は介護保険の認定度数も一気に上がり、介護施設の出入りや介護用品のリースもできるようになっていた。それは父親の足腰が透析生活で弱ってきた証でもあった。介護用のポータブルトイレを早くから専門店で購入していたイチコは、リースのリクライニング式ベッドの横にそれを設置した。もはや旧家の上がり框は年寄りの上がり降りには危険であり、外に用足しに行かせることはできなかった。
 設置が遅れたのは本人がそれを嫌ったからであるが、ヘルパーさんが毎日来てくれることになったこの機会に、イチコは父親を説得してやっと設置したのである。後始末をしてくれる者がいなければ、こればっかりは使う方も困るのだ。さすがに父親も病人とはいえ排泄だけはできるだけ誰にも迷惑をかけたくなかったようである。
 イチコは宮下に隠し子がいることも、自分が「ママさん」にやられたことも父親にはまだ言わずにいたのだが、もう言う必要はないと秘かに思った。
 
 

 

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コメント


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神瀬一晃さまへ

 神瀬さん、こんにちは。
 お元気そうで何よりです。
 何も気になさることはないですよ。不定期更新もお互い様です☆ 下手をすればわたしの方がひどいあり様かも。
 最近は仕事の疲れのせいか、日付が変わる頃になると眠くて仕方ありません。明日はお休みなので、今夜は少し頑張って起きてますが――。
 こちらからも時々は伺わせて頂きますので、大切な事がおありなら、それを片付けていて下さいな。ここのことなら心配しなくても大丈夫ですよ。
 すべてを合わせて応援してます。頑張れ☆

 

紗羅の木 | URL | 2008年03月02日(Sun)00:13 [EDIT]

 お久しぶりです。
 沙羅さんのブログに来るのが本当に久しぶりな気がします。
 今までコメント貰って置きながら、お返し訪問をしないという愚行をしていましたが、やっときました。

 これからは、私のブログも不定期更新になりますし。
 私の気が向いた時になってしまいますが、また来ます。
 ではでは。

神瀬一晃 | URL | 2008年03月01日(Sat)11:18 [EDIT]

奈緒さまへ

 このあたり、不二子が動き始めたときですね。
 不良債務者と呼ばれる人たちに実は読んで頂きたい(笑) いやいや、作者は本気です。最初は借金のカテゴリーにも入れていたくらいですから・・・・。
 自分では悪意がないつもりでも、相手から見ると悪意にしか取れない。我が愚息は「天然の悪意」と称しましたが、返済に詰まるとそういう生き方しか出来なくなります。
 借金地獄から抜け出すためには、とにかく正直に誰かに相談することです。そういう要素を盛り込めたらいいなぁ、と思っておりますが、うまく行くかな(?)
 不安だらけですが、頑張ります(笑) 
 いつもありがとうございます。

紗羅の木 | URL | 2007年09月14日(Fri)13:53 [EDIT]

なんだか嫌な予感

不二子さんの行動なんだか嫌な予感。
わざわざイチコのところに来て・・・・・紹介しろだなんて。
ちょっと雲行きがあやしくなってきましたが、
紗羅の木様を追い詰めないようにこの辺できりあげます(笑)

奈緒 | URL | 2007年09月14日(Fri)00:06 [EDIT]

OTムービーさまへ

 さっそくお越し頂き、大変恐縮です。 
 毎日の更新、陰ながら自分の励みにさせて頂いておりましたので、とてもうれしいです。
 完結が近いということですが、ぜひ頑張って昇華して頂きたいと思います。
 ジャマにならぬよう応援させて頂きます(笑)
 ありがとうございました。
 
 

紗羅の木 | URL | 2007年08月16日(Thu)09:49 [EDIT]

自作小説

紗羅の木さま、
私の小説を読んでいただきありがとうございます。
完結が近いのですが、近々仕事が忙しくて、十日程休載する予定ですが、また読んでください。私も仕事が落ち着いたら読みたいと思います。

OTムービー | URL | 2007年08月16日(Thu)02:57 [EDIT]

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