始発駅

「イチコの選択」では大変お世話になりました。無事連載を終えた今、このブログで何ができるのかを考えています。のんびりお付き合い頂ければ幸いです。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

試練(24)

 透析患者の場合、入院したからといってすぐに手術ができるとは限らない。血液の状態がこれならと判断されなければ手術は見送られることもある。イチコの父親も数日間ICUに収容され、内科と外科の連携のもと透析及びさまざまな検査を受けながら手術に臨んだ。執刀医は紹介状を書く労を取ってくれた医師の後輩が務めた。
 手術そのものはたいして難易度の高いものではなかった。大腿骨の骨折といえば、老人には頻度の高い怪我である。問題は透析によって骨そのものがスカスカになっていることにあった。よく知られている骨粗しょう症のことであるが、透析を始めるとその進行度は普通の老人よりも一段と早まるのである。イチコも透析の初期の段階でその話は医師から聞かされていたのだが、皮肉にも今回の骨折で撮影されたX線写真がその実態をまざまざと見せつける結果になった。
 X線写真を見ながら説明を受けたイチコは、さっそく退院後の心配をしなければならなかった。
 付け根から完全に折れてしまっているため、ボルトで数箇所固定させたというのだが、それはそのまま体内に残し取り出すことはしないということだった。ちなみにこの処置はごく一般的なものである。
 「歩行訓練をすれば歩けるようになるはずです」
 執刀医はそう言うのだが、貧血になったり血圧が異常に上下したりする透析患者の場合、再度骨折の可能性は高いと思わねばならない。特にあの家での自宅療養では生活していくことそのものが困難に思われた。
 施設への入所を考えるか、老人向けの住居を探す必要性を痛切に感じたイチコは、またしてもあちこち奔走することになり、本当に不二子さんや浅見のことどころではなくなってしまったのである。もろもろの処置を彼女に委ねたというよりも、完全に放置してしまった格好である。
 退院後の父親の居住場所を確保する事の他に、実はイチコにはもうひとつ気がかりな事があった。
 それは、音信不通になって何十年にもなる父親の妹のことだった。イチコにとっても叔母にあたる人である。
 イチコは手術の成功を執刀医から聞かされたにもかかわらず、親父はこれが最期になるかもしれない、という不吉な予感をひそかに抱いていた。しかもなぜかそれは否定を禁じえないものだった。透析患者の生存率は三年間を目安にされていると聞いていたせいかもしれない。イチコの父親も透析を始めてこのとき丸三年経ったばかりだったのである。
 叔母と音信不通になったのは、父親が犯した数々の不義理のためだった。その状態に至るまでの成り行きを全部知っているだけにイチコは、是が非でも今回は叔母の消息を探さなければならない、と何かにせきたてられているかのような思いを募らせた。
 叔母がおそらく今も独身であり、この市内のどこかに住んでいるはずだということはイチコには見当がついていた。こういうことになると、イチコはひどく勘がいいのである。父親たちの生家に一応足を運んでみたものの空き家であることを確認したイチコは、予想どおりならば叔母の最終職場であるはずの市役所に行き、受付でその消息を訊ねた。すでに退職しているとしても、叔母は父親より十歳も若いのである。誰か一人くらいは必ず叔母の消息を知っている者がいるはずだった。ここで駄目なら打つ手はなくなるのである。
 「その方ならまだおられますよ」
 イチコの用件を聞いた受付の女性は僅かな手間を掛けただけで、そう答えた。叔母は退職した後、嘱託としてまだ勤務していたのである。
 「ああ」 
 イチコは感嘆したような声を上げ、その女性にお礼を言った。
 

FC2 Blog Ranking
ブログランキング・にほんブログ村へ
 
 
スポンサーサイト

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。