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始発駅

「イチコの選択」では大変お世話になりました。無事連載を終えた今、このブログで何ができるのかを考えています。のんびりお付き合い頂ければ幸いです。

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試練(27)

 昏睡状態に陥りながらも父親は驚異的な心臓の強さを示し、担当医を驚嘆させた。それでも助からないものは助からないのである。死期がいよいよ迫って来ると、担当医から「あと何日後には」云々という具体的な文面を記した問診表のようなものを渡される。
 それを受け取ったイチコはある日、冬の夕闇に紛れて誰もいない実家にこっそり帰った。
 暗くなってから帰ったのにはわけがあった。近所からの見舞いの申し出を引き伸ばしていたため、誰にも見つかりたくなかったのである。日がとっぷり暮れてしまうと田舎の者はほとんど家から出ることはない。イチコはその時間に合わせて帰ったのだった。いまさら父は危篤なのだとはとても言えなかった。
 父親が昏睡状態になった頃、病院側から万が一の時の延命措置について許諾を求められたイチコは、それを断っている。最期はいくら透析をしてもその効果は全くなくなるのである。断るということは死期を早めることになるのかもしれないが、そんな体に延命措置を施してもむごいだけだった。イチコの否の返事に担当医は、頭を下げた。
 「最期まで全力を尽くさせて頂きます」
 イチコはそれで十分だと思った。叔母には事後報告として連絡を入れたが、
 「いいよ、それでいい」
 叔母はそれ以上何も言わなかった。
 父親が助からないことを覚悟したこのときから葬儀のことは考えていたイチコだった。死期が近づいて来ると、いやでも式場の手配をしなければならない。亡母が生前から準備していた冠婚葬祭の会員証のことを思いだしたイチコは、それを探しに実家に帰ったのである。
 母が亡くなった頃とは違い、今は葬儀もホールですることが主流になって来ている。イチコはこのままホールで密葬に伏すことを考えていた。今度こそ宮下が出席しない葬儀など通るわけがなかったからである。
 密葬ならば宮下が出席をしてくれようがくれまいが、誰にも何も言われずに済むのだ。親族もあまりそういう付き合いをしていない父親だったので、知らせるところは知れていた。
 会員証を見つけるのはわけなかった。見当どおり仏壇の小物引出しに入っていた。会費はイチコが困らないようにちゃんと積立てられてあった。
 その仏壇からは過去に預けてそのままになっている証券も出て来た。イチコはこの存在も気になっていたのである。父親は金がないとあれほどぼやきながらも、これには手をつけなかったのだ。当たり前といえば当たり前なのだが、イチコはその当たり前のことに感慨を覚えた。
 イチコはいろんな意味で亡くなった母親によく似ている。将来必要になると思われる準備は怠ることなくしておき、最初からないものとして使わない。そういうところが特に似ていた。今は必要ないと思ったイチコは見つかった証券を元の場所に戻した。
 昏睡状態に陥ってから一ヶ月近くを生き永らえて、イチコの父親はこの世を去った。訃報の連絡をイチコから受け取った叔母は「やっぱり駄目だったの」と落胆したが、
 「イチコ、ありがとうね。あのままだったらきっとわたし一生後悔してたわ」
 これで父親の残した借金が減るわけではなかったが、イチコは自分の労が報われたのだと思った。葬儀の喪主はイチコが務め、わずかな身内とともにその霊を弔った。
 予定どおりイチコは密葬に伏したのである。宮下には何も知らせなかった。考えた末のことである。親族が一人も参列しないのならともかく、母の葬儀にも来ていない者が来れるわけなかった。
 宮下と自分はどこかで狂ったのだ、とイチコは思う。それがどこでなのかは分からない。
 イチコは宮下を口で言うほど憎んでいるわけではなかった。自分のことなのだから、それは自分でよく分かっていた。
 父親の最期のことばがこれまで以上に、イチコをして宮下の面影を追わせていたのであろう。葬儀には呼ばなかったが、無性に宮下に会いたいとイチコは思った。亡くなった父親の生き方もさることながら、話し損ねた話が山ほどあるような気がした。
 それと同時に、なぜ宮下は相談相手に他の女ならともかく、よりによって不二子さんを選ぶのだろうという疑問と嫉妬に似た屈辱がイチコの中にはあった。イチコの中では、彼女のことは「あんな女」という表現でしか捉えられなくなっていたのである。
 


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コメント


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銀河系一郎様へ

 銀河さん、ようこそ。いつもありがとうございます。
 今夜は遅くなりそうですが、必ずお伺いしますので。
 この「試練」は、書きながら泣けてきたページがいくつかあります。道楽オヤジが亡くなっても泣くことはないだろうと思っていたのですが、未だに思い出すと泣けてきますね。不思議ですが。
 透析をすると血管がぼろぼろになります。皮膚も弱くなって、破れやすく、怖かったです。命を少しでも永らえるためにするのが、透析でしょうか。どうか、糖尿病にはお気をつけを(笑)
 応援、ありがとうございます。

紗羅の木 | URL | 2007年10月05日(Fri)01:47 [EDIT]

叔母さんに会えてよかったですよね。
最期が近づけば、過去のいさかいは呑み込んで、相手を思いやる、いい場面でした。
透析ってよく聞くがゆえに、大変だろうが致命的ではないと思ってたのですが、
予後はよくないのかと感想を持ちました。ポチッと。

銀河系一朗 | URL | 2007年10月04日(Thu)18:27 [EDIT]

奈緒さまへ

 奈緒さん、いらっしゃい。相変わらず忙しそうですね(笑)
 大丈夫です。終わってもすぐには閉じたりしません。なので奈緒さんのところにもよろこんで遊びに行かせて頂きますよ。
 でも日記は苦手です。昔から続いたことがない(笑)
 ネット小説の読み歩きをしてオススメサイトでも作りますか? でも体力がない(笑) また考えます。

 

紗羅の木 | URL | 2007年09月16日(Sun)17:18 [EDIT]

えへへ

まだまだ企画段階ですけど^^
もし小説が書き終わってしまっても是非ブログは閉じずに置いて欲しいです。
日記でもいいですし、書いているうちに何か書きたいことが見つかるかもしれませんし。
いろいろアドバイスもいただきたいですし・・・・・・・・。
勝手なお願いですね^^;
ちょっと切なくなりつつ。

ポチット^^

奈緒 | URL | 2007年09月15日(Sat)23:04 [EDIT]

奈緒さまへ

 奈緒さん、もう第二弾の企画があるのですか? それはすごいです。
 わたしはこれが済んだら、きっと遊びます(笑)
 今のところ、何も書こうとは思っていないというていたらくですね。ブログも閉じるかも、とか思っているくらいです。燃焼できたらそれで満足です。
 文章を書くことも、今は気張って続けていますが、実はあまり得意ではありません。毎日書くと義務づけているからこそ続いているように思います。自分で追い込まないと出来ないタイプですね(笑)
 透析のことは分かる範囲であれば、力になります。とはいっても透析室に入ったことはないです。患者の気持ちや、さまざまな症状ならば少しは助言できそうですが・・・・。
 第二弾、楽しみです。頑張ってください。
 
 
 

紗羅の木 | URL | 2007年09月15日(Sat)03:34 [EDIT]

私も

イチコは計画的ですね。
私もいずれ両親を見送る立場になります。
果たして、そのときに十分な準備が出来ているか・・・・。
そう考えると不安になってしまいます。
今から始めないとなぁと実感しました。

借金・・・・私はお金を借りることも、貸すことも嫌いですのでまだ縁遠い話ですので
あまり実感はないのですけど、このブログで勉強させていただくつもりです(笑)
実は連載小説[i]の第二段の企画の中で透析を受ける少年の話がでてくる予定だったり・・・・もしかしたらその辺りの実体験をおうかがいするかもしれません・・・・その時は・・・・・どうぞよろしくお願いします。

ポチット。

奈緒 | URL | 2007年09月14日(Fri)23:33 [EDIT]

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