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始発駅

「イチコの選択」では大変お世話になりました。無事連載を終えた今、このブログで何ができるのかを考えています。のんびりお付き合い頂ければ幸いです。

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醜態(1)

 秋も深まり始めた頃、イチコは不二子さんから奇妙な連絡を受けた。何でも裁判所から書類が届いたから見て欲しいというのである。これだけでは何のことなのか、イチコにはさっぱり分からなかった。
 「法律に詳しいのってわたしより宮ヨメでしょって、佳奈ちゃんが言うから」
 宮ヨメと言われても、佳奈ちゃんという人をイチコは知らなかった。
 「とりあえず、家に行くから」
 仕事を終えて帰って来たばかりのイチコは息子に行き先を告げると車に飛び乗った。
 不二子さんの家は同じ市内でもイチコの家からはかなり離れていた。彼女はずっと端っこの郊外にある公営住宅を借りて住んでいるのである。
 あの立派なマンションをいつ引き払ったのかはイチコも知らないのだが、三軒の店を切り盛りし始めた頃から住居を転々とし始めたようである。彼女が公営住宅に移ったのは生保会社に入社した頃だった。うまく抽選に当たったのか、あるいは誰かを使ったのか、そのへんのところは分からない。
 片側一斜線の道路を時には用水路や田園を車窓から眺めながら飛ばして行くと彼女の家に辿り付く。家賃は安いが都心に職場があるとしたら通勤するだけでもガソリン代が相当掛かりそうなところである。
 父親の法事や初盆を済ませて落ち着いた生活を取り戻したばかりのイチコは、彼女の不意の連絡に飛び出してきたことを少し後悔していた。薄暗くなり始めた通路に車を突っ込ませ、外に漏れぬようオーディオのボリュームを下げた。ウィンドウをわずかにスライドさせ、煙草に火を付ける。
 ここまで飛ばして来たものの、また揉め事ではないのかとイチコは思っている。一服してみたところで、何の気休めにもならなかった。三分の一ほど吸うともみ消してしまった。
 意を決してエンジンを切り玄関に立ったイチコを迎え入れた不二子さんは、
 「あんた、これなのよ」
 さっそくすがるような目でイチコに書類を差し出し、
 「何か呑む?」
 イチコは通されたダイニングがひんやりとしていることに気づき、
 「ここ、寒いね?」
 答えながら書類を見ている。
 「ブラックでいいけど? 何これ?」
 イチコは不意に険しい顔で不二子さんを見た。
 裁判所から送達されて来たものは、訴状だったのである。
 請求は債務不存在確認とあり、被告は他ならぬ不二子さんになっていた。原告の姓名は松木和夫という。松木などという男にイチコは覚えがなかった。
 これはどう見ても金銭トラブルであり、不二子さんが債権者の立場である。これをどうしてくれというのか。イチコは彼女の相談がトラブルであることが分かり、うんざりしていた。
 「うん、だから」
 そう言いかけた不二子さんは、あらかじめ温めて置いたのであろう、コーヒーメーカーからマグカップに茶色の液体を注ぐと、
 「あんた、二階にこたつしてるからそっちに行こう?」
 言うが早いか脇にある階段をマグカップを持って駆け上がった。イチコは吸ってもいない煙草の煙を大きく吐き出すように溜息を突いた。彼女のあとを追って二階に上がって行くと、彼女はこたつの上に散らばっているものを片付けていた。
 「こっち座って」
 彼女にそう言われて寒がりのイチコは黙ってこたつに足を入れる。そのイチコの前に彼女はそこらに置いてあるお菓子を引き寄せ、
 「それ、食べて」
 「ああ、いいから。それより何なの、これ?」
 イチコは持っていた訴状を彼女に返した。変に気を使われているようでイライラしてきたのであろう。
 「これ、今日郵便局に取りに行ったばっかりなのよ。わたし、家にいなかったから。それで」
 彼女もこたつに足を入れて座った。
 またイチコの嫌いな長い前置きが始まったのである。彼女はなぜイチコに連絡したのかを説明し始めた。それはさっき電話で聞いたばかりである。
 イチコが通された二階は和室二つからなり、仕切りの壁はなく襖を立てると仕切れるようになっているのだが、このときは開け放たれていた。もう一つの和室はベンチプレスの器具が目一杯場所を取っている。その器具を見たイチコは彼女の息子が今年から県外の大学に行っていることを思い出した。主のいない間に洗濯物の置き場所と化している。
 イチコは前置きが終るまで部屋の中をキョロキョロと見回していた。
  
 
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コメント


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奈緒さまへ

 こわいことを言いますね(笑)
 そういうシーンを用意できるかもしれませんが・・・・。ただし引き出す技術ではなく、嘘をつくシーンですね。スペースがきつくて盛り込めないかもしれませんが。
 不二子は基本的に真っ赤な嘘は突きません。しかし、少しでも自分が有利なように微妙にニュアンスを変えて話す癖があります。松木事件、これからですね、そういえば。後半イチコは徐々にその癖を掴んで行くことになります。彼女がいかにして借金返済という荒波を泳いで来たかが学べるかも、です。
 こちらこそ、よろしく、です。いい案があれば教えてください(笑)
 いつもありがとうございます。
 
 

紗羅の木 | URL | 2007年09月17日(Mon)03:33 [EDIT]

ああ。そういえば。

不二子さんのこの「前置き」
なんだか、コロンボや、古畑みたいですね。
回りくどくはなして、相手の心理を逆撫でして、証言をひきだすみたいな・・・・・。
もしこれが計算のようなら、人から情報を引き出す技術(笑)
・・・・・ええ。間違いなく気のせいです。

よかった。すぐやめちゃうんじゃなくて^^
袖すりあうも多少の縁!!ですから。末永くよろしくお願いします^^
会ったことはないですけど!!ね^^

応援ポチットw

奈緒 | URL | 2007年09月16日(Sun)23:58 [EDIT]

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